魔法使い見習い、田中二郎の日記

このブログは、魔法使い見習い、田中二郎がブログを書いているという設定の、連作ショートストーリーです。

魔法使い見習い、田中二郎の日記・4

2009年01月21日 | ショートストーリー

 田中二郎です、こんばんは。
 前回の日記から間が空いてしまい申し訳ありません。
 決してサボってた訳じゃないんですよ?
 ただ、少しばかり止むに止まれぬ事情がありまして。
 という訳で、今回はその『事情』のお話です。

 師走は魔法使いにとって、とても忙しい月――いわいる繁忙期に
なります。
 毎日朝早くから夜まで、次から次へと舞い込む依頼をこなす為、
走り回らなくてはならず、正直、タダでさえブログを更新する余裕
がない状態でして。
「『忙しい』を出来ない事の言い訳にするのは無能な人間のする事だ
よ。田中君」
 なんて所長は言うんですが――。
 他の誰に言われてもこの人にだけは言われたくないです。ってい
うか、ソファーの上で一升瓶抱えながら言われても説得力ゼロです
から。
 そもそも、ここまで忙しいのは本来諸経費や食費に当てるべきお
金が、何故か突然所長の抱えてる一升瓶に化けたが原因な訳で、む
しろブログの更新が怠っている原因の大部分がこの人の所為なんで
すよ。
 なのに、せっかく頂いた仕事を所長ときたら「依頼主が気に入ら
ない」とか「こんなケチな仕事は私が出るまでもない」とか「単純
に気が乗らない」とか、もうわがまま放題。
 おかげで、結局二人分の仕事を僕一人でやるハメになり、もはや
殺人的なスケジュールと言っても過言ではない状態なってしまって
いた訳です。
 もちろん所長も仕事をしてくれと何度も抗議しましたが、馬耳東
風と言うか馬の…いやいや“所長の耳に念仏”状態でして、
「分かってないね田中君。魔法使いにとって一番大事なのはなんだ
い? 答えは経験だ。その一番大切な経験を君にさせてやろうと、
私は涙を飲んで君に自分の仕事まで回しているんじゃないか。親心
だよ、お・や・ご・こ・ろ」とか言いやがる始末。
 アナタが飲んでんのは、涙じゃなくて『スーパー大吟醸、美少年
DX』(金四万円也)でしょうが! というツッコミはどうせ無駄な
ので諦めました。
 しかし、このままでは僕の気持ちが収まらないのも事実。
傍若無人の限りをつくす所長にせめて、せめて一矢報いたいと思
うのは責められる事じゃないですよね? ね?

 それは、相変わらず二人分の仕事をこなす為に、僕が年末の街を
走り回っていたある日の事でした。
「二郎ちゃん!」
 僕のホームグラウンドである『ふれあい商店街』で、大正時代か
ら三代続く酒屋のご主人Hさんに声をかけられたのです。
「あぁ、Hさんこんにちは。何か?」
「いやね、実は二郎ちゃんに折り入って頼みがあってさ。今大丈夫
かい?」
 その日は丁度仕事も一区切りついたところでした。
「ええ、今日の分の仕事は終わりましたから大丈夫ですよ」
「そうかいそうかい」
 Hさんは笑顔でそう言うと、直ぐに真顔になってあたりを見回し
た後、そんじゃぁ、ちょっと付き合ってくれるかなと、歩き出しま
した。
「あの、Hさん? 一体どちらに?」
「いいからいいから」
 Hさんは答えず、どんどん歩いていきます。僕は訳も分からない
ままHさんの後を追います。そして、辿りついたのは――。
 ふれあい商店街から少し外れた路地裏にあるお蕎麦屋さんでした。
 このお蕎麦屋さん、路地裏にひっそりとあるのであまり知られて
いませんが、“その筋”の人たちの間ではかなり有名な、いわゆる通
を唸らせる名店として知られています。
 僕が連れて行かれたのは、そのお店の二階にある団体用の個室(お
座敷?)でした。
 個室の中には、よく見知った面々。具体的に言うと『ふれあい商
店街』でお店を出している店主(主に二代目、三代目)で構成され
ている『ふれあい商店街組合 青年部』の方々がテーブルを囲んで
いたのです。
 青年部って言っても、殆どの方は四十代ですけども。
「いやぁ、よく来てくれたね二郎ちゃん」
 青年部部長のSさん(呉服屋さんの二代目)が愛想よく笑顔で声
をかけてくれました。
「ええと…、これは一体?」
「うん、実はHさんからも聞いてるかと思うんだけど、二郎ちゃん
にお願いがあってさ」
「はぁ、どんなお願いでしょう?」
「そうだね、取りあえず順を追って話していこうか」
 Sさんはマダムキラーと名高い品の良い笑顔でそう言うと、事の
経緯を話してくれました。Sさんの話を纏めると、おおよそこんな
感じです。
 商店街では毎年、サンタがクリスマスケーキの宅配をするという
イベントを行っています。
 青年部部員の皆さんがサンタの扮装で、クリスマスケーキの配達
をする訳ですが、その時に組合に加盟している各店の割引クーポン
を一緒に配るんですね。
 ふれあい商店街のY洋菓子店は配達の為の人件費がかからないし、
他の商店の方は自分のお店の宣伝にもなるという、一石二鳥のイベ
ントな訳です。
 そんな訳で、このイベントは十年前からずっと続いている訳です
が、流石にマンネリ化してしまっている感は否めないと。
 丁度十年の節目でもあることだし、ここは一つ十周年に相応しい
目玉企画を考えようとという事になったのだそうです。
「で、皆で頭を絞りに絞って出した企画がコレなんだ」
 Sさんはそう言って、僕に一枚のチラシを見せてくれました。

 『ふれあい商店街クリスマスイベント 十周年記念企画』
 ドキッ。美人だらけのクリスマス! ~ポロリもあるかも?~
 Y洋菓子店のクリスマスケーキをご購入のお宅に、ふれあい商店
街が誇る美人サンタ軍団がやってくる!
 お父さんは家まっしぐら、お母さんとお子さんは大喜び。

 そんな宣伝文句の下には写真が。
 宣伝文句に偽りなしの美人さんたちが笑顔で映っています。
 みなさん、『ふれあい商店街』では有名な美人さんばかりなんです
が――、一番最後の写真、我が社の所長なんですけど?
「いやね、この時期ってさ忘年会とか多いから、お父さんたちが帰
って来ないっていうグチが奥さんたちから多数出ててさ。で、この
企画を思いついた訳」
 酒屋のHさんが趣旨を説明してくれました。
「いや、それはいいんですけど…、この最後の写真…」
「あぁ、キレイに撮れてるだろ」
「イヤイヤ、そういう事じゃなくって、ウチの所長に見えるんです
けど」
「そりゃそうだよ。君のトコの所長さんだもん。それとも二郎ちゃ
ん、忙しすぎて自分の先生の顔忘れちゃった?」
「そんな訳ないでしょう。そうじゃなくって、ウチの所長がやるっ
て言ったんですか?」
「そこなんだよ」
 再びSさんが口を開きます。
「他の娘たちはみんなOKしてくれたんだけど、二郎ちゃんトコの
所長さんって、こういうの嫌がりそうじゃない?」
 ええ、間違いなく嫌がります。っていうか、それ以前の問題です
が。
「そこで、相談なんだけど――」
「無理です」
「まだ、何も言ってないじゃない」
「っていうか、Sさんも所長の事知ってますよね? あの人に社会
性とか協調性とか社交性とかひとっ欠片もないのご存知ですよ
ね?」
「だから、そこを二郎ちゃんにお願いするんじゃない。可愛い弟子
の頼みとあれば、所長さんと言えども――」
「無理です」
「二郎ちゃん、人の話聞こうよ」
「聞こうが聞くまいが無理なものは無理です。って言うか、そんな
事頼んだら僕の身の安全に関りますから」
「でもさ」
 ここでSさんの声が一オクターブ下がりました。
「ここ最近、次郎ちゃんが忙殺されてるのって、ぶっちゃけ君のト
コの所長が、年末分のお金を使い込んじゃった所為だよね」
 っ! なんでそれを!?
「それだけじゃないでしょ? 今までだって所長に散々こき使われ
たり、理不尽な目に合わされてるよね?」
 そう言いながら、Sさんは僕の肩に腕を回してきます。っていう
かSさん、今すごい悪役っぽいんですけど…。
「ここらでさ、そんな所長に一矢報いてやりたいとは思わない? 
男としてさ」
 それは、確かに常々思っては居ますけど…。
「でも、ただ頼んだって“あの”所長が聞いてくれるわけないじゃ
ないですか…」
 僕の言葉にSさんはニヤリと笑うと、「“ただ”ならね」と言いま
した。
「もちろん、その辺は抜かりないよ。君んトコの所長の弱点はキッ
チリ把握済み」
 Sさんの腕が、僕の肩から離れて声のトーンも先程の軽い調子に
戻ります。
「Hさん、例の物を」
「はいよ」
 Hさんが風呂敷に包まれた“それ”をテーブルの上に置き、風呂
敷の結び目を解きました。
「そ、それは!」
 僕の反応に、青年団の皆さんがニヤリと笑います。
「今回の以来の報酬はコレ。さて、君んトコの所長はこれでも断れ
るかな?」
 確かに、コレと引き換えなら所長も…。しかし、そこでふと湧い
た素朴な疑問をSさんにぶつけます。
「でも、コレがあれば僕が交渉しなくても所長は依頼を受けてくれ
るんじゃないですか? なんで僕に?」
「だからさ、僕ら『ふれあい商店街』の人間はみんな所長の人とな
りも君がどんな風に扱われているかも知ってる訳。そんな君に一度
くらいは所長をギャフンと言わせさせて上げたいと思うのが人情っ
てもんじゃない」
 目の前には青年部の皆さんの笑顔。気のせいか、皆さんには後光
がさしているような気がしました。
「“コレ”の魅力に、君んトコの所長は恐らく逆らえないだろう。い
わば“コレ”は、君をただの村人Aから勇者に変える聖剣だ。さぁ、
どうする?」
 あの超有名な国民的RPGのテーマミュージックが僕の脳内で響
き渡ります。
 そして――僕は、差し出されたSさんの手を握り返したのです。

「ほほう…、つまり君はこの私に、『黒羽ミサ魔法研究所所長』であ
るこの黒羽ミサに、ミニスカサンタの格好でケーキを配って回れと、
そう言っているんだね田中君」
「ええ、まぁ、そういう…事になりますね」
 怖い! 超怖い! 所長の目が人殺しのソレに変わってるんです
けど!
「君とは長い付き合いだ。私が何を好み、何を嫌がり、何を憎んで
いるのか、まさか知らない訳ではないだろう? その上で“あえて”
この依頼を持ってきた訳だ…」
 なんか、所長の背後に真っ黒いオーラ的なものが吹き出てるんで
すけど! 擬音で表すなら、ゴゴゴ…って感じで!
「い、いや、でも、我が研究所も『ふれあい商店街』に事務所を構
えている訳で。そこはやはりご近所付き合いっていうか、そういう
の大事じゃないですか?」
 あまりの恐怖に、口の中はカラカラ。思わず早口でまくし立てて
しまう小動物のような僕。
「ご近所付き合いというなら、私は組合の寄り合いにも毎回出席し
ているし、買い物はすべて商店街で買っている。もっと言えば年二
回開催される商店街の清掃活動にも毎回欠かさず参加している訳だ
が。それだけではまだ足りないかね」
 最後の清掃活動は僕が参加してるんですけどね!
「私の安眠を妨害しただけでも万死に値するというのに、置きぬけ
の私にそんな頼みごとをするなんてね…。君には学習能力がないの
か、それとも――私の教育が甘かったのかな」
 うっすらと上がった口角が超怖いんですけど! っていうかいま、
正に僕の命が風前の灯火状態なんですけど!
「どうやら君には、教育をしなおす必要がありそうだね田中君…」
 薄笑い(目は笑ってない)のまま、ゆっくりと立ち上がった所長
が状態をゆらゆらと揺らしながら僕に近づいてきます。
 そして、その右手がゆっくりと僕の頭に向かって伸びてきます。
 僕の脳裏に、かの名プロレスラー、フリッツ・フォン・エリックが
リンゴをその握力でジュースにしてしまう映像がフラッシュバック
され――、
「超絶吟醸、美少年DXエクストラスーパーエディション『艶』」
 精神的に限界を迎えた僕は遂に、この名を口にしてしまいました。
 伸びてきた所長の腕が、僕の頭を掴む寸前でピタリと静止します。
 そう、これこそが『ふれあい商店街青年団』の皆さんが僕の為に
用意してくれた切り札です。
 殆ど市場に出回らない為、その一滴にはダイヤモンド5カラット
の価値があると言われているマニア垂涎の日本酒…だそうですよ。
ちなみにお値段、一升八万円+消費税。高けぇ。
「それが、サンタの報酬です」
 ゴクリと。
 所長の喉が鳴る音が聞こえます。
「あ、ちなみに、報酬は完全後払いだそうですよ。どうしますか所
長」
 所長が口を開こうとする前に、しっかりと釘を刺しておきました。
迂闊に話を聞くと、いい様に丸め込まれる可能性大ですから。
「うぅ…」
 所長が低く唸ります。完全に形勢逆転。陥落までもう一歩です。
 今、多分僕の人生は絶頂期を迎えているんだと確信しました。
「断りますか?」
「ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐうぐぐぐぐぐぐ…」
「さぁ、所長、返事を」
「…分かった…やろう」
 長い――、長い沈黙の後、所長は殆ど聞き取れない位小さな声で、
そう言いました。
 眼を見開いたまま、床を凝視し、下唇をかみ締め、握り締めた拳
をブルブルと震わせながら。って…マジ怖いんですけど。
ともあれ、完全勝利です。
 僕は、すぐさまSさんのお店に走りました。『完全勝利』と筆で書
いた半紙を両手で持って商店街を駆け抜けたのです。

「あー…、うん…ははは…」
 Sさんは僕の報告に、困ったような顔で曖昧に笑いました。
 何故か、その隣では酒屋のHさんが顔面蒼白でしゃがみこみ、他
のメンバーの皆さんは、まるで売られていく子牛を見るような哀れ
みの眼を僕に向けています。
 …とてつもなく嫌な予感、いや悪寒が僕を襲います。
「実はさ、とても言いにくい事なんだけど」
「なんでしょう?」
 僕は震える声でSさんに尋ねました。
「あの酒、偽物だったんだって」
「……………は?」
 つい数十分前のこと。Hさんに一本の電話が入ったそうです。
 それは、Hさんと同業の隣町の酒屋さんからで、Hさんが仕入れ
た「超絶吟醸、美少年DXエクストラスーパーエディション『艶』」
は、実はある詐欺グループによって造られた真っ赤な偽物で、ビン
の中身は料理用の一升あたり四八十円の安物だったのだそうです。
 で、件の詐欺グループが逮捕されたニュースを見た電話の方は、
まさかと買ってはいないだろう思いつつも、一応Hさんに電話で知
らせ……、今に至ると。
 ちなみにHさんはその偽物を、ネット販売で購入したのだとか。
ネットで仕入れとかすんな。
「そんな訳でさ、二郎ちゃんには申し訳ないんだけど、この話は無
かったことにして欲しいんだよね」
「ななななな、何言ってんですかSさん! もう、所長に話しちゃ
ったじゃないですか! っていうか無理! 今更お酒は偽物でした
とか言ったら、僕、確実に命ありませんから! ちょっとみなさん
も黙ってないで何とか言ってください! って……ん? どうした
んですか? 皆さん」
 何故かSさんを始めとした青年団の皆さん全員、顔面蒼白でガタ
ガタと震えながら僕の後ろを見てるんですけど。
「ほう、例の酒は偽物だったと…」
 地獄の釜の底から響いてくるような低い声が、僕のすぐ後ろから
聞こえました。
 心臓が一瞬止まった後、とんでもない速さで血液を送り始めます。
 擬音で言うと、ドドドドドではなく、ドーーーーーって感じ。
 ゼンマイの切れた人形のようなぎこちない動きで、後を振り向く
と、そこに―――

 鬼がいました。

 えー、その後の事はここに書くことは出来ません。
 一応、お年寄りからお子さんまで楽しめる全年例向けブログです
からR18グロはちょっと…ね。
 ただ、一言だけ言えることは、僕がクリスマス、年末、お正月を
病院のベットで過ごさなければならなかったという事です。
 そしてとっくに松も明けた今、僕はようやく退院し、このブログ
を書いています。ちなみにまだ左腕のギブスは取れてません。
 あ、女王様…いやいや、所長が呼んでいらっしゃいますので、今
日はこの辺で。
 
 このブログは、『有限会社 黒羽ミサ魔法研究所』の提供でお送り
しました。
 魔法使い見習い兼宣伝部部長 田中二郎