まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

○×型校舎とダブルスターハウス

2020-08-12 23:17:25 | 建物・まちなみ
今年の4月、新型コロナウィルス感染拡大に伴う非常事態宣言発令で自宅待機中、ブログをせっせと書いていたが(苦笑)、
台湾の成功大学のスターハウスの記事を書きながら、スターハウスについて詳しく書かれている「団地ウォーカー」という
サイトを見ていたら、スターハウスを二つつなげた形の「ダブルスターハウス」が割と近くにあることを知った。
日本中でここにしかないという珍しい形。

言うまでもないがスターハウスは上空から見ると星型をしたかわいい住棟である。まぁ星型と言っても三芒星である。
昭和30年代から日本住宅公団が建て始め日本中の団地に花ならぬ「星」を添えてきた。私も昔から好きだったので
出会うごとに愛でて写真を撮っているが、築後50年以上が経って老朽化が進み、近年どんどん数が減っている。
それにしても、ダブルスターハウスとは見たことがなかった。今はどうなっているのだろう?今もあるのだろうか??

ある日、運動と買い物を兼ねた散歩で見に行ってみた。
おぉ、これか!確かに、枝が4本出たような形をしている。こんな形の住棟は珍しいな!




googlemapで見ると「警察職員東長居宿舎」という表示になっている。
入居者募集の看板があるのでまだまだ現役のようだが、実際空き部屋が多そうに見えるな。。。




ダブルスターハウスの周りをぐるっと回って眺める。でっぱった枝の部分がそれぞれ1戸だろう。
その場合すべての住戸で三方に窓を配することができ、風通しがよい。


スターハウスは120度分割の三芒星型だけでなく小さなT字形のものもある。このダブルスターハウスも
120度分割のスターでなくT字形を少し傾けてくっつけたような形をしている。
それは全住戸に南からの日光を取り入れるのに適した角度なのだろう。


見れば見るほど楽しいな!全体がひと目で見渡せるこの規模だから面白い。


しかしスターハウスは外壁の面積が大きいため普通の矩形の住棟に比べコストは高いに違いなく、避難経路の
こともあったりして造られなくなったのだろう。周りの団地はもうすっかり現代のマンションに建て替えられている。
古い地図を見ると、これと同じ形の建物が1ブロック北側の敷地にも建っていたようだ。そのさらに北側には
普通のスターハウスも4棟。いつ頃建て替えられたのだろう。あぁ見たかったなぁ~~!
ここもいつまであるか分からないのでじっくり目に焼き付けておこう。


しかし時代がかったダブルスターハウスが今もそのまま現役で残っているというのはとても貴重だ。
そろそろ文化財にしてもいいんじゃないか!?



また別の日、たまたま1983(昭和58)年の東住吉区の地図を見ていたとき、変わったシルエットの建物を見つけた。
十字、いや、直角にクロスして45度傾いた「×」型である。
今もあるのだろうかとgooglemapで見たら、、、あった!!これもまた散歩で見に行ってきた。

大阪府教育センター附属高等学校の校舎らしい。
こんな名前の高校あったのか?と思ったら、元の「大和川高等学校」で、1963(昭和38)年に開校している。


現地で道路から見ると塀や木など障害物が多くてなかなかきれいに見えないが・・・確かに×型をしている。
きれいに見えるところはないかとぐるっと回ってみる。グラウンドの横から見るのがまだいちばん分かりやすいかな。


しかしこの建物の築年がまさか昭和38年ということはないだろう。57年も経っているなんて思えず、
もう少しは新しそうに見える。開校してしばらくして増築されたと想像するが・・・


帰ってからもう少し古い地図はなかったかと探してみたら、1980(昭和55)年の区分地図にすでに
この×のシルエットが描かれていた。少なくとも40年は経っているのか!途中で改装したのかな。
ネットでいろいろ検索してみても、この校舎の情報は何も出てこない。大和川高校のOBに聞くしかないか・・・


しかしこんなきれいな×字型、そうそう無いと思うな!面白い~~



そしてgooglemapで×字型校舎を見ているときに、円形校舎も近くにあることが分かった。
こちらもまた日を改めて散歩で見に行った。
大阪芸術大学短期大学部。クールな外観。これはどう見ても新しそうだな。




円形校舎もスターハウスと同年代ぐらいの、昭和30年代~40年代を中心に全国各地に作られた。
高度成長期、どんどん子供が増えたため校舎建て替えや増築がさかんに行われたであろう時代。
外周に窓を取った扇形の教室が理想的な採光であると考えられ、効率的な動線、シンボリックな形、
構造上頑丈だとか建築コストが安いなどの理由もあっただろう、一種円形校舎ブームだったのだ。


ま、このおしゃれな校舎はその時代ではなく近年建てられたものだろう。・・・・と思っていたら!?


ここは元、浪速短期大学であり、円形校舎は1958(昭和33)年に、円形校舎の考案者である坂本鹿名夫氏の
設計により建てられたものだとか。内容がわかる資料を見つけた。→こちら


なんと、大阪芸術大学短期大学部を運営する学校法人塚本学院は、古い円形校舎を大成建設の設計施工で改修、
2017年に竣工したらしい。この先50年、100年と使い続けていくつもりなのだろう。あっぱれ!!


×型校舎も円形校舎もリニューアルを加えながら大事に使われていてうれしいことだ。貴重なダブルスターハウスも
残ればいいなぁ。東京の旧赤羽台団地のスターハウスは登録有形文化財になっているとか。希少性のあるこちらも是非!
コメント

2019.9.19~23 タイル旅金門島 もくじ

2020-08-10 21:09:54 | Weblog
2年前に行った金門島、島の半分ほどしか見れていなかったので、再訪してきた。
前回は朝イチの便で桃園に着いて松山へ移動したのだったが、ピーチが遅れるのが怖くて、金門行きのユニエアーは
かなり余裕をみて取っていた。結果、ピーチが遅れなかったので松山空港で2時間半ほど時間を潰したのだった・・・
それで今回は開き直って、AM1:00に到着するピーチの深夜便を利用し、いったん台北の宿で仮眠してから
午前便で金門へ飛ぶことにした。


タイル旅金門島 金城の夕散歩
タイル旅金門島 金城の夕散歩 続き
タイル旅金門島 水頭再訪
タイル旅金門島 民居探訪(1)
タイル旅金門島 民居探訪(2)
タイル旅金門島 民居探訪(3)
タイル旅金門島 民居探訪(4)
タイル旅金門島 民居探訪(5)瓊林
タイル旅金門島 民居探訪(6)
タイル旅金門島 民居探訪(7)王金城洋楼
タイル旅金門島 民居探訪(8)碧月軒
タイル旅金門島 水頭再訪2日目(1)
タイル旅金門島 水頭再訪2日目(2)
タイル旅金門島 金城のお宅訪問
タイル旅金門島 民居探訪(9)
タイル旅金門島 民居探訪(10)
タイル旅金門島 民居探訪(11)金門城明遺街
タイル旅金門島 民居探訪(12)
タイル旅金門島 民居探訪(13)珠山
タイル旅金門島 民居探訪(14)
タイル旅金門島 民居探訪(15)
タイル旅金門島 民居探訪(16)
三峡へ。敷瓦の報告と、旧愛鄰医院
台湾大学の建物たち 表通り
台湾大学の建物たち 裏通り

3泊4日の短い旅だが、今回もまたたくさんのタイル民居を発見し、人々の優しさに触れた、とっても充実した旅だった!
しかし、金門島の素晴らしいタイル民居は空き家も多く、朽ちかけている姿を見るにつけ、この美しい伝統民居を
どうすれば失わず守れるのか・・・と悶々とした気分にもなってくる。。。
これらは一般の住宅であり、同族集落の路地の奥にあるため、今回はあえて所在地は書かないことにした。

去年は12月にもう1回、台湾へ行っているのだが(爆)、それはまたしばらく後に書くことにしよう(笑)
コロナ鎖国が解けるのと、どちらが先かな・・・
コメント

台湾大学の建物たち 裏通り

2020-08-09 20:48:24 | 建物・まちなみ
2019年9月の台湾の続き。

今度は一本裏手の通りを歩いてみよう。「舟山路」というのは人の名だろうか?
こちらの通り沿いにはちょっと面白い建物が建っていて目を惹かれる。
「鹿鳴堂」と書かれたこの建物は、寄棟屋根みたいな形のブロックが外壁にずらりと並んでいる。
モダニズム?キュビズム・・・?しかしバルコニーには中国風の欄干がついていたりして、不思議な雰囲気。。。
これは1967年に完成し、元の名は「僑光堂」といった。海外華僑との交流のための集会や文化的、政治的な
イベントに使われたといい、近年、歴史建築に登録されたとか。


これは何だったっけ・・・アーチ窓が立体的に飛び出していて面白いなぁ。


そして突然現れた日本瓦の建物。なんじゃこれは!?駅舎じゃないよな(笑)
立派な洋風校舎やビルディング校舎ばかりの中で妙に存在感があって気になる。


レンガ造建物の周囲にぐるっと回廊があって、回廊も含めて大きな屋根が載っている。建物はかなり細長い。
倉庫だろうか?


開いた扉から中を覗いてみると・・・床屋??
古い建物が床屋や生協の売店や創作系クラブの作業場などになっている例はよくある。ここもそんな感じなのかな?


ドーマーウィンドウのような換気口があったり、一部に破風が立ち上がっていたりと、小ワザも効いている。




これもちょっと古そうだな。。。当時の管理棟かな?




何かわからないけど古そうな建物が続々と・・・これら日本瓦が載っているものは日本統治時代の建物だよなぁ。
丸窓のあるものも戦前っぽい。




小さいけど特徴的な建物がたくさん。表通りの立派な校舎はWEB上に載っているけど、裏通りの建物は
あまり載っておらず詳細がよくわからない(汗)


これも面白い。2段の宝形造のような屋根を載せた、正方形の小さな建物。


ここには「性別平等教育委員会」などの表札が出ていた。


これはさっきの建物の裏側かな・・・もはやどこを見ていたのか全くわからない(汗)




うわっ、かわいい!!ペパーミントグリーンの小さな小さな住宅風の木造建築。
ここは、生協売店のようだが、元は何だったのだろう、守衛室でもなさそうだし、、、守衛の宿直室かな?


半切妻の破風を正面と右面、左面に見せる(もしかすると裏側にもあったのかも??)。
建物の大きさに対して屋根周りの凝りようがすごい。すごく意匠の密度が高いな!


お店には台湾大学グッズも売っていたけど、ほしいようなものがなかった・・・(苦笑)

台湾大学のキャンパスには文化財が44もあるらしい。これらの細々した建物はそれに含まれているのかどうかは
分からないが、目立たない小さな建物も、今もずっと現役で使われ続けているのは嬉しいことだな!

はぁ~~、3泊4日の旅ももうタイムアップ。最後まで充実した旅だった!
また長大連載になってしまった。途中で飽きてきた方も多いと思いますが(汗)
おつき合いありがとうございました。

おわり。
コメント

台湾大学の建物たち 表通り

2020-08-08 23:55:03 | 建物・まちなみ
2019年9月の台湾の続き。

もう今日の夕方の飛行機で日本へ帰るので、何かあって遅れては大変と、三峡から早めに台北へ戻ってきたのだったが、
あと2時間程度あるな・・・前々から行ってみようと思っていた国立台湾大学へ行ってみることにした。
日本統治時代の1928(昭和3)年に台北帝国大学として設立された台湾大学は、日本の東京大学に相当する、台湾随一の名門大学である。
そしてそのキャンパスには、当時の建築、いわゆる近代建築がたくさん残っているのだ。
MRTの公館駅を下りて地上へ出ると、まちなかに広大なキャンパスが広がっていた。


中央の守衛室を挟んで左右に入口の門がある。円筒形の石積みの門柱がかわいい。


さすが南国、メインストリートの両側には高さ20m以上あろうかというフェニックスヤシが延々と並ぶ。
文字通り「椰林大路」である。


この椰林大路に沿って軒を連ねた建物がさっそく見えてくる。
近代建築が・・・と言っても、実際のところ、戦前と戦後の建物が混在していて、ぱっと見でどれが
本当に古いのか正確に判別する自信はない(汗)。前の記事でも書いたとおり、こちらでは新しい建物も
数年経てばすっかりなじんでしまうのだ。古そうに見える建物を選んで写真を撮っていく。
これは一号館。


こちら、もと総図書館だった、校史館。


アーチを多用、ロンバルディアバンドも大きく派手なイメージ。。


中を覗くと、エントランスホールから手前に向かって伸びる階段。壁にはたくさんのフレームが並んでいた。
フレームの中に納まっているのは、学校の歴史上の出来事を写した写真である。

尚、現在は新しい総図書館ができている。新図書館はさらに派手な建物で、椰林大路の突き当たりに鎮座している。
図書館は大学の頭脳の象徴だな。私の母校ではキャンパスの隅に隠れるようにして建っていたけど(苦笑)

こちら二号館。物理学系の校舎である。


こちらもまた賑やかな、文学院校舎。






床は面取りした柔らかい印象の無釉タイルが四半貼りに。


内部を覗くと、エントランスホールは柱がなくすっきりした空間。奥に階段が見える。


階段ホールのところまで入らせてもらおう。階段の人研ぎの手すりに開けられた窓。




ところで、これらの校舎は赤レンガのように見えるが実は全て13溝リブタイル貼りである。
1mぐらいまで近づかないと分からないのだが、台湾ではこのタイルがとても多い。平滑面のレンガタイルよりも
スクラッチタイルよりも、このタイルが使われていることが多い。赤レンガよりも薄くやわらかい色合いのオレンジ色。


この小さな建物は何だったっけ・・・


こちらは行政大楼。


この建物は古典主義の色が濃い。外壁もタイルでなく赤レンガのようだ。


エントランスホールにもコリント式の柱頭をもつ柱が並ぶ。古めかしい雰囲気を演出して威厳を持たせているのだろう。


森林環境暨資源學系校舎。森林っぽく草に覆われた(!?)エントランス(笑)

だいたいこのあたりまでが古い建物のようだ。今これを書きながら何の建物か調べていると、
旧台北帝国大学開設当初に設置された文政学部、理農学部を元とする老舗学部の校舎であることが分かる。
そのあと学部が増えるごとに奥へ奥へと新しい校舎を建てて行ったのだろう。

これが新総図書館。


小椰林道に面したこちらは寮かな?


広い池のある庭園。のびのびしたキャンパス。あぁ憧れるなぁ。。。


続く。
コメント

三峡へ。敷瓦の報告と、旧愛鄰医院

2020-08-07 22:15:53 | 建物・まちなみ
2019年9月の台湾の続き。



金門島から台北へ戻ってきた翌日は、朝から三峡へ向かう。
前回の金門島旅のあとも三峡へ行き、救生医院の床に敷かれた大量の印花文敷瓦に狂喜乱舞したのだった。

今回再び訪れたのは、そのとき敷瓦を頂いたお礼とともに、その敷瓦を製造地である瀬戸の瀬戸蔵ミュージアムへ寄贈したこと、
台湾から里帰りした敷瓦として実際に展示されたこと、そして貴重な資料として今後そこで大切に保管されること、を歯科医の陳先生に
お伝えしたかったのだ。このときも診療中に抜けて出てきて下さったので、ミュージアムで展示されたときの写真とチラシを
手渡して手早く説明。喜んで下さり、最後に固い握手。あぁ、思いを果たせてよかった。。。


また三峡の老街を歩く。初めて来た2006年のとき大規模修復工事の真っ最中だった三峡老街、そこから十数年の年月を経て、
レンガや石は南国の雨に打たれ苔や微生物がつき、100年前の部分とほとんど見分けがつかないほどにすっかりなじんでいる。
やっぱり、同じ素材を使って同じ技術で修復しているからだな。過去と現在が自然に、継ぎ目なくつながっている・・・


しかし・・・今日はお客が少ないな(汗)。この頃はまだ新型コロナウィルスなんてかげもかたちもなかったんだけど。




ちょっと裏手に回ってみよう。


おや、こんなところにタイルが(笑)。この道はこれまでも何回も歩いたのに気づいていなかったなぁ。


ポツポツと貼られたタイル。建物は現代のものなので、この小屋を建てるときにコレクション品を放出したのだろうか!?(笑)


そしてレンガ壁。平の面を外側に見せた荒っぽい積み方だし、右端の方と積み方が違っているので、補修したのか
または飾りとしてレンガを貼りつけたのだろうか。


「TR」や「S」の刻印が見える。「TR」は台湾煉瓦株式会社、「S」は撒木耳煉瓦會社(Samuel & Samuel Company)が
製造したレンガで、高品質なタイルであった。


いつも気になって見てしまう磚貼り壁の家。湾曲した薄い瓦を中央部で止めつけてある。


こちらの家も同じ仕様だ。何と呼ばれるのか、どういうものなのか、知りたいのだが・・・




味のある民居の外壁が、いい雰囲気の路地を作っている。


この側溝も古くからのものだろうか。歴史がありそうだな。


三峡歴史文物館の近くにあるこちらの建物は、見るからに古い病院っぽいが、「禾乃川」という大豆製品の店が入っていて気になっていた。


稀少な国産大豆を使った豆乳、豆腐、湯葉、そしてスイーツなどが作られ、そこで買ったり食べることもできる。
ここと同じ名前の店が川の近くの路地裏にあったことは前から知っていたので、食べるのはあちらにするとして、
建物の見学がてらお店を覗いてみよう。


湯葉を作っているところをガラス越しに見れるのだが、紙を漉くようにどんどん湯葉が出来上がるのが面白くてじっと見入ってしまう。


この建物はやはり「旧愛鄰医院」という病院だった。建物の説明や昔の写真などがちゃんと展示されている。
愛鄰医院は、日本で学んだ陳重明氏が民國36(1947)年に開業。歯科医の陳先生も親族なのだろうか。
林業や鉱業が盛んだった三峡では危険と隣り合わせであったため、この愛鄰医院が重要な医療センターとして機能し、
また鶯歌なども含めた周辺地域の医療も担ってきた。


工場とカフェになっている道路沿いの建物の背後には、中庭を挟んで、元は病棟だった離れの棟があった。
民國85(1996)年に営業を終えられたあと、表の建物は媽祖寺院が購入(現在の所有や禾乃川との関係は不明)、
裏の建物は陳氏の子孫が所有し老人施設などに使われたが、現在はコミュニティ活動のための貸しスペースとなっているという。
三峡や鶯歌の伝統産業であった「茶」「染」「陶」の文化を再び盛り上げていこうと工芸作家たちが新しいコラボに取り組んだりしているようだ。


中庭から表の建物を見る。特に建築的に優れているというわけではないが、味わいを残しつつおしゃれにリノベーションされ
産業の記憶を伝えると共に新たな文化の発信拠点として使われ賑わっている旧愛鄰医院。
日本でもリノベーションされて使われているまちなかの建物は多いが、建物のたどった歴史や人物のストーリー、
その地域での位置づけまで詳細に解説しているようなところは少ない。見習いたいものだ。


ここを出て路地裏のお店へ向かったのだが、何と、休みなのか、閉めたのか(?)門が閉ざされていた。ショック・・・
それならあそこで食べればよかったなぁ。


続く。
コメント