まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

明治記念大磯邸園 ~旧陸奥宗光邸

2019-06-10 23:28:27 | 建物・まちなみ
明治記念大磯邸園の続き。

こちら旧大隈重信邸の隣に建つ旧陸奥宗光邸。
中廊下が一本貫いた大隈重信邸と違い、この建物の廊下はくねくねと曲がり、部屋は少しずつずれた雁行配置と
なっているのが、お庭側から見るとよく分かる。




太田晦巌により名づけられた「聴漁荘」の名は、「漁の声を聴く荘」または「学を漁り、聴く荘」の意味と言われて
いるらしい。座敷が明るいお庭に向かっている分、玄関はちょっと暗いな・・・


陸奥宗光は第2次伊藤博文内閣において外務大臣を務め不平等条約の改正に尽力した政治家。
彼の妻、陸奥亮子はその美しさと聡明さから「鹿鳴館の華」「ワシントン社交界の華」などと言われたとか。
写真を見ると確かにくっきりした顔立ちは現代でも通用する美人で、意志の強い女性という感じがするな。


陸奥宗光は1894(明治27)年に大磯に別荘を構えるが、翌年に他界。次男潤吉が古河財閥創始者である
古河市兵衛の養子になっていたことから、建物は古河家の所有となる。古河家は旧大熊重信邸を西館、陸奥宗光邸を
東館として2軒の邸宅を両方所有していたのだ。政界が財界に食われてしまったようだ!?
その後関東大震災で被害を受けた旧陸奥宗光邸は1925(大正14)年に建て替えられる。それがこの建物。

やはり上質の木材が使われていると見え、柱も建具も傷みが少なく状態がいい。
南側のお庭に張り出したいちばん明るく広い部屋は2間続きの応接間兼主人室。切り取られたお庭の緑が絵巻物のようだ。


下地窓、丸竹の落としがけ、皮つき丸太の柱、網代天井など、数奇屋風の意匠が随所に取り入れられている。


書院欄間の緻密な細工の格子。


お庭に面した大きなガラス戸の上の方だけくもりガラスがはめられているのは、直射日光を和らげるためだろうか。


美しい透かし模様の引き手。




書生や女中、下男の部屋や水まわりなどのバックヤード空間は北側に集められている。
モザイクタイル貼りの素敵なお風呂!浴室は大きな窓のおかげで明るく、広い洗い場はちょっとした旅館の
お風呂のようだ。海水浴のあと屋外から直接入れるように作られていたのだとか。
しかしこのタイルは改修されたものと見える。


これも傘天井というのだろうか、2本セットの丸木が放射状に配置され、中央部は換気のために一段上げてある。


脱衣室の水場。まるで茶室の水屋みたいだな。


脱衣室の丸窓。ここにもくもりガラスが使われ、気兼ねなくバスタイムを楽しむことができそうだ。


脱衣所に隣接する洗面所。しかし広い・・・お風呂場で住めそうだ(笑)


ちなみに、東京の台東区にも陸奥宗光の元別邸の洋館が現存しているらしい(行ったことないが)。
この頃の政治家はいくつも別邸を持っていたのだな。これが別荘なのだから本宅はもっとすごかったことだろう。


続く
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