まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

奈半利のまちなみを歩く。

2020-01-10 23:48:33 | 建物・まちなみ
2019年秋の高知の続き。

奈半利は「ごめん・なはり線」という土佐くろしお鉄道の路線名(愛称)にもなっていて町の名は前から知っていたが
来るのは初めて。ここも古いまちなみが残っているらしいので、役場の駐車場に車を停めてちょっと歩いてみよう。

東山家住宅は町家形式の外観。つし2階の部分にガラスのはまった窓があり珍しいが、元は吉良川で見たような
よろい戸がついていたのではないか。


水切瓦のついた蔵は店舗に改装されて現在も薬屋を営まれている。


何も資料を持っていなかったので、近くにあったパーマ屋のおばちゃんに古いまちなみのことを聞いてみたら、
ここは吉良川ほどいいのはないよ、と謙遜しつついくつかの建物を教えてくれた。
歩いて行くとやはり吉良川と同じような水切瓦のついた漆喰壁の民家が目につく。しかし街道筋に町家が建ち並ぶ
吉良川と違い庭付きの独立した民家が多く、形も多様だ。吉良川よりも若干時代が新しいような雰囲気だ。

こちらの齊藤家住宅は奈半利町農業協同組合の倉庫だった建物。1938(昭和13)年築。


野村家住宅は通りに向けた大きな妻壁に三段の水切瓦が付き、その下は板張り。主屋は1922(大正11)年。
野村家は土佐藩に納める年貢米を集めた「倉床」と呼ばれる家だった。


野村家でも見られる、素晴らしい奈半利の石垣の数々は吉良川にも勝るほど。あらためて別記事で。
また奈半利のまちの代表的な建物である森家住宅では、中を見学できたので次の記事にて。。。

浜田家(増田屋)の背の高いレンガ蔵は3階建てに見えるが、実際は2階建てだとか。これも、京阪神から
船のバラストとして積んで帰ったレンガが使われている。内部には螺旋階段があるらしく、見てみたいなぁ!


こちらが増田屋の店舗。寛政7年創業の老舗で、酒造業と質屋を営んでいた。店舗の裏に建てられたレンガ蔵は
質蔵だったのだな。主屋と店舗、レンガ蔵はともに1903(明治36)年築。


この通りには江戸時代の旅籠だった西尾家もあり、ここが旧街道筋だったのだな。
西尾家の主屋は江戸末期の築といい、奈半利では最古級じゃないだろうか。
通りから見える部分はわずかで、奥にはレンガの塀や水切瓦のある蔵もあったようだ。


一転、これは昭和の建物だろうが、コンクリートブロックのファサードがクール!


「Restaurant Hirota」。レストランヒロタ、だろうか。素敵な洋食屋の店構えだが
今はもうやっていないようだ。残念。。。


壁の一部を掘り込んだタイル貼りの手洗いが(笑)


こちらの建物はファサードに白タイルが貼られていた。何のお店だったのだろう。


白無地ながら乱貼りデザインのタイル。これはカットしたものではなく、組み合わせ用に様々な形のタイルが
焼かれたもののようだ。


国道55号沿いの蔵が目を引く竹崎家住宅(高田屋)はカフェ、ギャラリーになっている。入りたかったのだが
5時で閉店という(汗)。そして「集落活動センターなはりの郷」となっている旧弘瀬家が向かいにあり、そちらは
行政なので5時ぴったりに閉まるので先に見てくる方がいい、とのアドバイスを受け、先になはりの郷へ。

そこには奈半利のマップや資料もあって、先にこちらに来ればよかったな・・・
外観を撮るのを忘れていたな(汗)。座敷に上がって内部をささっと見る。


きれいに改修済みだが欄間などは松竹梅や鶴が透かし彫りされた立派なものだった。


なはりの郷に隣接する家もかなり古そう。石塀も美しいなぁ~~


その向かいにあった蔵も超美形!!水切瓦のラインと腰のなまこ壁が




そしてこちらの高田屋、竹崎家は樟脳業で栄えたという。1890(明治23)年頃の築。


表側に蔵が建ち、敷地の内部に主屋が建っている。その間の通路には石材が敷かれていた。


主屋がカフェなのだが、やぱりもう終わり(涙)。さっきちらっと覗いたらいい雰囲気だったのに残念。。。
次の機会に。




おっちゃんが蔵を案内してくれた。かなりの高床になっているのは、やはり水害を想定してのことだろう。
蔵の中には竹崎家の商売に関する資料や由緒ある品々がたくさん展示されていて代々の繁栄が偲ばれる。


残念だったのは、パーマ屋のおばちゃんが言っていた濱田典弥家住宅を見つけられなかったこと。
小作人400人を持つ大地主だったという濱田家には、立派な石垣、重厚な主屋と土蔵があるらしく、時々イベントも
開かれているということだったが、場所が分からず引き返してしまった。また次回に探そう・・・

続く。
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