エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2021-09-20 09:44:02 | 地獄の生活

XIV

 

 

故ド・シャルース伯爵の下男であるカジミール氏は、驚くべきことだがこれでも大半の同業者たちに比べ特に良くも悪くもないのであった。老人たちに言わせると、かつては雇い主の家族と連帯感で繋がり、その家庭の利益や意向を共有する忠実な召使というものが存在したとのことだ。その頃は主人たちの方でもこの類まれなる献身的奉公に対し、形だけでない手厚い庇護で報い老後の保障をしたという。今日ではこのような雇い主と召使の関係はアンビギュ劇場(パリ、タンプル大通りにあったアンビギュ・コミック座は1769年に創設、二度の再建の後1827年に焼失。アンビギュとは様々なジャンルを取り混ぜた、の意で創設者オディノーはパントマイム、人形劇、子供劇等いろんなものを精力的に取り入れ、人気を博した)の演目『亡命貴族の馬車』(副題『行いを正しくするのに遅すぎることはない』、全五幕の芝居)や『シャトーヴュー家の末裔』といった古くさいメロドラマの中で以外、跡形も見られない。近頃の召使たちは、自分たちが仕事をする家をまるで一夜の宿のように渡り歩き、好き勝手に振る舞う。次の日にはもう居ないからだ。そして彼らを雇う家の方でも彼らをまるでときに危険な存在となる季節労働者のように扱う。用心するに越したことはないからだ。こうした反逆的になりかねない労働者に酒蔵の鍵は渡さない。彼らに任せるのはせいぜい子供の世話ぐらいだが、それは去年パリ中を震撼させた恐ろしい結果を生むこともある……。

カジミール氏は、しかし文字通り正直な男であった。十スーをくすねるなどということはせず、それよりはつまらない物に百フランを浪費させる方を選んだ。彼が何か非難されたとき、その意趣返しをしたいと思ったとき、このようなことは邸でときどき起こった。虚栄心が強く貪欲な彼は、自分の雇い主に忠実でありながら彼を激しく妬むことで満足していた。自分がド・シャルース伯爵に生まれなかった運命を不公平で馬鹿げたものと感じていたのである。

高給の処遇を受けていたので、それなりの仕事はした。だが、彼が全知全能を傾けてしていたことは伯爵を監視することであった。この家族には何か大きな秘密があると嗅ぎつけていたが、それを自分に打ち明けられないのを侮辱だと感じていた。彼が何も発見できないでいたのは、伯爵がこの上なく警戒していたからであったが、マダム・レオンはまた自分の記憶から何かが抜け落ちている所為だと思っていた。

というわけで、彼も目撃していたのだが、シャルース伯爵の一時の激怒で引きちぎられた手紙の残骸をマルグリット嬢と伯爵が中庭で探しているのを見たあの日の午後、カジミール氏は好奇心がどうにも抑えきれなくなってしまった。蕁麻疹の痒みでもこれ以上ではあるまいと思うほど、居ても立ってもいられなかった。あの手紙に書かれていることを知るためならひと月分の給料も、いやもっとそれ以上でも惜しくはなかった。伯爵は拾った手紙の破片を大きな紙の上に丁寧に張り付けていた。伯爵がマルグリット嬢に、最重要な破片が欠けているが、これ以上探しても無駄だからもうやめるように、と言うのを聞いたとき、カジミー氏は自分ならばもっと上手くやってみせる、でなければ幸運を手繰り寄せてみせる、と誓ったのだった。9.20


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