多文化共生の分野においてファッション、フード、フェスティバルは外国人を消費する(出させられるけど、出たからといって何も生活は改善されない。結局マジョリティの楽しみあるいはその場限りの楽しみで終わってしまう)ということがよく言われるけど。
今日のイベントは発案から企画から外国人のスタッフがやって、基本は外国人が集まる。自分たちが楽しむためにどんなプログラムをするか考えて、で、知っている日本人を招待する。よくある形とは逆。そういや、日本人、少なかったな。
というわけでいつもとは全然違ったのですが、楽しませてもらいました。というより、みんなが楽しんでわーわーやってるのを見て、すげーなって思って楽しんでました。
自分たちが何が楽しいかは自分たちが知っている。何も誰かに用意してもらったりおぜん立てしてもらう必要はない。場と機会があれば、みんなやるよ。
助けてもらう必要がない場面だってたくさんある。
そんな当たり前の話なのだと思いました。
今日のイベントは発案から企画から外国人のスタッフがやって、基本は外国人が集まる。自分たちが楽しむためにどんなプログラムをするか考えて、で、知っている日本人を招待する。よくある形とは逆。そういや、日本人、少なかったな。
というわけでいつもとは全然違ったのですが、楽しませてもらいました。というより、みんなが楽しんでわーわーやってるのを見て、すげーなって思って楽しんでました。
自分たちが何が楽しいかは自分たちが知っている。何も誰かに用意してもらったりおぜん立てしてもらう必要はない。場と機会があれば、みんなやるよ。
助けてもらう必要がない場面だってたくさんある。
そんな当たり前の話なのだと思いました。