日本語教育の分野では、そんなに強く意識されないことかもしれないけど。言葉を学びたいという人がいたときに、そのニーズは誰のニーズか、誰が求めているのか、問い直すことがある。本人か、家族か、会社か、はたまたその他の誰かか。
一歩踏み込んで考えることは大事だと思う。
自分が誰かの行動が気になるときも同じかなと思う。ルールに従ってないって声高に言われるときも、全ての人に同じようにチェック入ってなかったりする。ルールに従っていなくても気になる人と何となく許される人がいたりする。
何で気になるのかを考えることも大事だと思う。あるいは何でその人にだけ、目や意識がいくのか。
自分がそこに意識がいってしまうのは何故か、それは適当か、自分は何に偏ってしまうのか…ということから考えることも大事だろうな。
何も創造的に活動したくないなら別だけど。
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