ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

抜き書き 〜アラブ、祈りとしての文学〜

2018年05月02日 23時14分02秒 | 
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…1947年11月、先住民であるパレスチナ人の意志に反してーさらに言えば、あまり知られていないことだが、分割案を多角的に検討し、これを「法的には違法、経済的には持続不可能、政治的には不正」とした国連Ad-Hoc委員会の結論も無視してー国連総会はパレスチナ分割案を可決する。これによって、パレスチナにおける人口の3分の1(約60万人)、パレスチナ全土の土地の6%しか所有していなかったユダヤ人に対し、52%の土地がユダヤ人国家の領土として与えられることになった。だが、この分割案によれば、ユダヤ人国家は40万人ものパレスチナ人をその内部に包摂することとなり、ユダヤ人は人口的に多数派を構成するとはいえ、ユダヤ人国家全人口の55パーセントを占めるに過ぎなかった。パペによれば、のちにイスラエル初代首相となるベン=グリオンはこのとき「ユダヤ人の人口がわずか60%でしかないならば、安定的かつ強力なユダヤ人国家たりえない」と語り、翌48年、新たなユダヤ人国家においてパレスチナ人の人口が確実に20%を割るよう、パレスチナ人の民族浄化を教唆した。その結果、先住民をユダヤ人国家の領土から排除すべく計画が立てられ、わずか半年のあいだに、十数万のパレスチナ人を残して、イスラエル領となるパレスチナから80万ものパレスチナ人が一掃されたのだ。

…レイシズムにもとづくこの歴史的不正

…パレスチナというアジアの地に、先住民から土地を奪って排他的なヨーロッパ・ユダヤ人の国を建設するというシオニズムのプロジェクトが、その実践においてまぎれもない植民地主義であったことがいまだ認識されないのは、こうしたオリエンタリズムが私たちの思考を幾重にも規定しているからであると言える。

…イスラエル政府の側が、帰還権についていかなる議論であれ、これを情け容赦なく禁じようとする背景には、1948年について論争が起こることに対する根深い恐怖がある。

…広大な国立公園の案内には無人の荒野に植林したと記されているが、現実には、これらの木々の下には、破壊されたパレスチナ人の村々が埋められている。村の外延を縁取っていたサボテンや、果樹園のオリーブ、アーモンドの木々も倒され、その上に新たな木々が植林されたのだった。国立公園の建設は、難民たちの故郷への帰還を物理的に不可能にするためであると同時に、故郷の村というパレスチナ人の集合的記憶の場そのものを針葉樹林というヨーロッパ的外観の異質な風景に置換することで、パレスチナ人がナクバの記憶も、ナクバ以前のパレスチナの記憶も、そこで想起し記念することを不可能にするためのものである。パペはこれをナクバのメモリサイドー記憶の抹殺ーと呼ぶ。
 私たちがナクバを知らないということはーナクバの表象それ自体が寡少であるにしても、私たち自身の意図はどうであれ結果的に、ナクバの、すなわちパレスチナ人の民族浄化の、記憶の抹殺に加担していることになる。
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アラブ、祈りとしての文学、岡真理、みすず書房
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