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★東北の太平洋岸を水没させた「白由社」版教科書-記述検証〈8〉

※最終更新8月12日(この記事は自由社版中学校歴史教科書の間違いが見つかり次第、随時加筆していますので、活用される場合は最新版をお使いください)
 
市販されている「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)の自由社版中学校歴史教科書のp97に「室町時代の各地の特産品」という地図が載っています。その地図は、東北から関東にかけての太平洋岸が海と同じブルーに塗られ〝水没〟しています(房総半島、三浦半島、伊豆諸島、伊豆半島、御前崎、紀伊半島先端も)。
 
この教科書が検定申請されたのは去年の4月ですから、不吉なことをやってくれたものです。震災後も直さないで印刷するとは、悪い冗談でしょうか。
 
 
 
 
  
それはまだ序の口でした。開いた口が3時間くらいふさがらなかったのはp165の「明治維新とは何か」のコラムの左3行目です。

「職業選択の白由が認められ、白由に経済活動ができるようになりました」とあります。右1行目にも「白己の使命」という表記があります。
 
このほかにも、普通に読んだだけで誤植や間違いがあまりにも目に付いたので、ネジが1本抜けている「白由社」と代表執筆者の藤岡信勝「白由主義史観研究会」代表に特別の計らいで教えてあげます。これだけ欠陥があると今回は採択されないでしょうが、もし次回検定にも挑戦するなら反映してください。 
 
      ■ 自由社版歴史教科書の間違い、誤記、誤植一覧(8月12日更新)
                      ※このリストは『市販本 新しい歴史教科書』の記述を基にしています。
<表見返し=市販本は編集趣意書の次のページ3の「黒船来港」は「黒船来航」の誤り。
<口絵p3>「旧国名と都道府県名の地図」で現在の都道府県名なのに「大坂」になっている。
<p2>右5行目の「曽父母」は「曽祖父母」の誤り。
<p12>「疑問文集」の⑦の「外人」は現在では差別用語とされ、教科書で使うのは不適切。
<p18>右28行目の「興業」は「興行」の誤り。
<p30>16行目の「土器」が太字になっているが、初出は14行目。
<p31>4行目に「1万数千年前から紀元前4世紀ごろまでを縄文時代とよび」とあるが、p32の1行目には「日本で縄文時代が始まった1万2000年前ごろ」とあり相互に矛盾する。
<p32>古代文明の地図で、黄河文明の赤丸部分に仰韶という地名が示されていない。(6月9日追記
<p33>地図とキャプションに「シルク・ロード」とあるが、p48の5行目は「シルクロード」となっており表記が不統一。
<p35>「シャカ(釈迦)と仏教」のコラムで「菩提樹の木の下で座禅をするうち、ついに悟りをひらき」とあるが、p72の「仏像各部の名称」の⑧で「釈迦は蓮の花の上でさとりを開いた」とあり、相互に矛盾する。「悟り」と「さとり」、「ひらき」と「開いた」の表記も不統一。
 
<同>版面から21行目がはみ出している。
<p36>上の写真のキャプションで「復元模型大阪府立弥生博物館蔵」とあり、復元模型の後に空きがない。
<p43>21行目の「国ゆずり神話」とp44の「国譲り神話」の表記が不統一。
<p45>左7行目と12行目の「話合い」は「話し合い」が正しい表記。
<p46~47>「高句麗」「百済」「任那」「新羅」にルビがない。特に「任那」はここが初出。p46の地図にルビがあるが、任那のルビが読みづらい。
<p48>18行目の「仏教を拝礼している」という言葉はおかしい。
<p60>8行目と「律令政治のしくみ」の図の太政官のルビ「だじょうかん」は「だいじょうかん」の誤り。
<p64>4行目の「教典」は「経典」の誤り。釈迦三尊像のキャプションの鞍作鳥にルビがない(ルビの抜けはこの教科書に無数にあるので他は省略)。
<p73>「明王」に「不動明王・愛染明王・孔雀明王・五大明王など」と例示があるが、不動明王は五大明王の一つ。
下から2行目で「怒りの表情のものものもありますが」と「もの」がダブっている。

 
<p78>聖徳太子の説明で「大陸文化の吸収に務めた」とあるが「努めた」の誤り。
<p84>右の一番下の行の「朝」の後が2文字空いている。
 
 
 
<p85>左の段の一番下の行から右の段にかけて「常世は、見も知らぬ旅人を暖めるたにくべて精一杯もてなしました」と、文章がつながらない
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<p89>「足利尊氏の像」のキャプションに「一時は後醍醐天皇に従い功臣として一字をたまわり『尊氏』と改名したが」とあるが、元は高氏という名前だったことや、後醍醐天皇の諱が尊治であることの説明がないと、生徒にはさっぱり分からない。
<p90>一番下の18行目が空いている。
<p95>10行目。「彼らは地侍とよばた」は意味不明(「よばれた」の誤記か)。
<p96>キャプションのルビに写真が重なっている。
 
 
 
<p97>「室町時代の各地の特産品」の地図で、東北から関東沿岸、紀伊半島先端にかけて海と同じブルーに着色されている。
<p99>11行目「無着」は「無著」の誤り。ルビの「むじゃく」は「むちゃく」の誤り(文化庁、興福寺のホームページによる)。
<p104>「永仁の徳政令」の説明で「分割相続」の後に不要な「、」がある。
<p120>徳川家康の肖像画。「長久手陣中画像」は「長久手合戦陣中画像」の誤り。そもそもなぜこんなマイナーな肖像画を使うのか。
<p124>一番下の20行目が空いている。
<p131>2行目に二宮尊徳が「今の神奈川県小田原市近くの農家に生まれました」とあるが「小田原市近く」ではなく「小田原市」の誤り。8行目に「8キ口」とあるが「8キロ」の誤り(漢字の口=くちになっている)。21行目に二宮尊徳が「稲刈りで残った稲穂を拾って、年に何俵も米を生産して見せました」とあるが、稲刈りで残った稲穂を拾ったのではなく、「田植えで余って捨てられた苗を植えた」の誤り7月12日追記)。
<p133>側注5で「大坂」とあるが、このページの本文や地図、p113など他のページでは「大阪」となっており表記が不統一。
<p136>左5行目の「婿入り養子に入りました」は重言。
<p141>10行目とキャプションの葛飾北斎の葛が「」になっている。この表記は自由社だけ。
<p143>3行目に「八代将軍家斉」とあるが家斉は十一代。「家斉が死去して老中首座になった水野忠邦」とあるが、水野が老中首座になったのは天保10(1839)年、家斉の死去は天保12(1841)年なので間違い。

<p145>左15行目の「弟」と22行目の「兄」が太字になっていない。
<p157>徳川慶喜のキャプションで徳川斉昭のルビ「とくがわなりあきら」は「とくがわなりあき」の誤り。
<p158>錦の御旗のキャプションで「東京・国立博物館」は「東京国立博物館」の誤り。
<p160>キャプションのルビに写真が重なっている。
 
 
 
<p165>「職業選択の白由が認められ、白由に経済活動ができるようになりました」と、「自」が「白」になっている。右1行目も「白己の使命」となっている。
<p171>6行目。「1973(明治6)年には」とあるが、明治6年は1873年。
<p175>陸奥宗光の議会演説とキャプションで陸奥宗光が「奥宗光」になっている。(6月9日追記
<p197>右12行目の「豊」の後が4文字空いている。
<p199>4行目と上の「文語体と口語体の作品」で森鷗外の鷗が「鴎」になっている。この表記は自由社だけ。
<p200>左22行目の「土人」のルビが右にはみ出ている。
<p211>全国水平社創立大会宣言一部抜粋3行目の冒瀆の瀆が「涜」になっている。
<p212>左上の地図。メルカトル図法では緯度が高くなるにつれて距離が拡大され、東西が誇張されるため、縮尺を示すのは誤り(2年前に当ブログの指摘を受け供給本で縮尺を削除したが、また元に戻した)。
<p237>「広島に投下された原子爆弾」として掲載されている写真は、長崎に投下された原子爆弾のきのこ雲の写真。しかもこの写真は元の写真を加工したアート写真。
<p256>版面から21行目がはみ出している。
<p274>葛飾北斎の葛が「」になっている。この表記は自由社だけ。
<p276>森鷗外の鷗が「鴎」になっている。この表記は自由社だけ。
<年表1>「倭奴国の王が後漢に使いを送る」に「57」の文字が重なっている。
 
 
 
 
 
  
公民については、こちらに一部指摘しました。
 
 ★梶山静六を梶山清六と書く自由社版教科書-記述検証〈3〉
 
(つづく)
 
※これまでの連載
 ★南京事件への疑問を削除した自由社版教科書-記述検証〈1〉
 ★秀吉の朝鮮出兵を「侵略」に戻した自由社版教科書-記述検証〈2〉
 ★梶山静六を梶山清六と書く自由社版教科書-記述検証〈3〉
 ★内村鑑三も新渡戸稲造も載っていない自由社版教科書-記述検証〈4〉
 ★魏志倭人伝への疑問を削除し、ありがたがる自由社版教科書-記述検証〈5〉
 ★東京書籍の年表を盗用した自由社版教科書-記述検証〈6〉
 ★靖国神社も水戸学も載っていない自由社版教科書-記述検証〈7〉
 
育鵬社や自由社版の記述について情報を募集しています。
 project-justice@mail.goo.ne.jp
 
※自由社の現行版(平成22年度版)の記述については、こちらから順次ご覧ください。
 ★安重根を取り上げ志士と称える自由社版教科書-扶桑社版からの改悪<上>
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