Life in Japan blog (旧 サッカー評 by ぷりりん)

日本に暮らす昭和生まれの猫ぷりりんの、そこはかとない時事放談と日記です。政治経済から科学、サッカー、手芸まで

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大相撲・時津風部屋での死亡事件

2007年09月30日 02時38分22秒 | 日記
時津風部屋での死亡事故は事件となるようである。死亡事故といわれていた当時、凄惨さから、こんな状態が稽古であるはずがないとは思っていたけれど、暴行の事実があったんだ。。

あまりのことに、本当に本当に言葉を失ってしまった。悲しすぎる。事実関係を調べるにも、まずはご遺族の方に誠心誠意謝罪してほしい。もうそれしか言うことはない。

時津風親方は優しい方だと聞いていたのに、どうされたのだろう。過ちがあったのだろうか。弟子のやりすぎをとめられなかったのだろうか。とにかく、ご遺族の方が気の毒でならない。

大相撲を応援するつもりだったけれど、また気持ちが萎えて逆戻りになってしまった。大相撲、楽しかった。多少いい加減で、適当で、やくざなところがある業界だけれど、のんびりとした協議の進行や、一瞬の緊迫は日本人にあっていると思う。

一部屋での、体育会系の異常事態であってほしい。他の部屋でもこんなだったら、暗くなる。でも両親も場所中の近所の相撲部屋をのぞいたことがあるけれど、とんでもなくしごかれていたと言っていたから、やはりすごい世界なんだろうか。

日本の体育会系ののり、部活動などで非常識な事件をおこしてしまうけれど、こういうのりは本当によくない。そういう組織には参加したことないし、うちの空手道場は師範がとてもやわらかい人だったから、こういうしごきには縁がなかったなぁ。
朝青龍さわぎは、このカモフラージュだったんだろうか。
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通貨 - お金とはなに? - サブプライムローン問題を契機に

2007年09月24日 00時34分35秒 | 経済・社会
この世の中で生きるのに、最もやっかいで、とても大切なお金。世界の、日本の貧困問題や消費者金融問題など見ても、どうしてお金がつんなにも人間に凶暴な刃をむけることができるのかが疑問だった。

元々物々交換から発展したというお金、通貨。人間の道具がこれほどまでに牙をむくよいになったのはどうしてだろう。歴史をふりかえっても、これほど巨額な富が王侯貴族や銀行家でない金融業の人たちに点在するようになった現象はないのではないだろうか。

エンデの遺言がNHKで放映されて何年たつだろう。一時期地域通貨のことが大きく報道されたけれど、社会のシステムはどんどん早くなっていき、貧富の格差はどんどん広がっていく。もちろんアメリカほどではないけれど、筆者も含めて若い世代は、経済的にも時間的にも子供を産めなくなっている。

筆者がまだ若いころはバブル景気の余韻で、新婚用マンションも15万円ほどの家賃であった。初任給が20万円なので、独立できなかった。
ところがバブル崩壊後の若者世代への逆境に対して、ここ最近のマスコミの中での論調は厳しかった。
パラサイトシングルなどといわれたり、女性は犬扱いだし、ニートだのフリーターだの、言われる放題。確かに若者も負けてしまっていることがもし悪であるならば悪い面もあるのだろうが、年をとった年代層はここ数年のバブル後の企業社会の異常さや冷たさをなにも知らないのではないだろうか。また、離婚後のシングルマザーの悲劇などを見ても、出産にふみきるのがいかに大変か、真剣に考えていただきたい。どうして女性が個人で命をかけるリスクをおかして子供を出産しなければならないのか??


地域の商店街の壊滅は、関西経済圏でも激しいが、より経済が小さい地域へいくと、駅前シャッター街に愕然とする。巨大ショッピングモールは反映し、ネットではアメリカのアマゾンが中小書店をなぎ倒した後、今度は日本の小売店を飲み込もうと、巨額の負債を背負ったまま安売り攻勢をかけている。

いつも猛烈にダッシュしないと、こういった巨大な企業に飲み込まれてしまう。彼らの後ろには、巨大なお金の生産機械がいて、資金は恐竜のようにあふれでてくるし、その恐竜に追いかけられて、彼らはエンデの「モモ」にでてくる灰色の男たちのように必死に利益をあげようと地域の商店街を何軒潰せるかマーケティングしている。

だから中小企業や零細個人事業主はダッシュして、創意工夫してもがき続ける。それをマスコミは、すばらしい経営ともてはやしてくれる。でも心の中で叫ぶ。「すばらしい経営なんかじゃない!こっちはいつもへとへとで、家族もばらばらになりそうなんだ!どれだけ働いても時間がない。幸せじゃない!!」電波や再販制度という既得権益に守られているマスコミも、どんどん「すばらしい競争、すばらしい創意工夫」をもてはやし競争を奨励する。吐き気がしそうなくらいの疾走、その下で犠牲となる子供たち。
追いかける側の巨大企業の企業戦士もへとへとで、給料も安い。ごく一部を除いて、誰も幸せではない。

どうしてこんなにお金に追いかけられ続けるのだろう。
エンデはいう。5%複利で1マルクを預金すると2000年には太陽4個分もの金塊が手に入る、と。

それを見て、ずっとずっと考えていたことがある、「それはどこからくるの?」
アジア通貨危機の時以来、話題になっているヘッジファンドの報道。実体経済の数倍のマネーが流通しているという。ずっと不思議だった。「それはどこからくるの?」

第三世界からかなと思った。だからあんなにひどい貧困がおおっているのかなって。

グローバル化によってその影がどんどん我が日本にも入ってきている気配が強くなってきた。
その影はどんどん強くなって、動物的な本能が、将来の生存が危ういと警鐘をうっている。
(じゃあ、利子や富は、どこに滞留しているんだろう??)

今日、偶然に下記のビデオを見た。これが本質ならば、とても恐ろしいと思った。

Money as Debt「借金としてのお金」
http://video.google.com/videoplay?docid=-446781510928242771

今流通しているのがただの信用だとしたら、サブプライムローン問題で信用収縮がおこっている
いまはきっと大変な危機なんだろう。
不動産の証券化という技法が日本に紹介されてから、なんだか怪しい感じがしていたけれど、この技法はとても危うかったのだ。
それに、信用がこんなに簡単に発行されることじたいが、もうやばい。

銀行窓口ですすめられた投資ファンドのカタログには、たくさんのヘッジファンドと思われる名前が書いてあった。でも、名前だけで、このファンドがどういう活動をどこの通貨でどういうふうに運用しているかの説明がなかった。説明がないただの名簿に対して、銀行員は財産を投資しませんかという。
その時、こんなに狂ったシステムはないと思った。
たとえば不動産へ投資する際も、立地や素材やインテリアや、その地域の住人の購買力や家族構成までマーケティングするのが普通だと思う。1個の不動産物件に対しての投資でさえ、緻密に調べるというのに、これだけ複雑になった世界の金融に対して我々素人が名簿を見せられただけで、どう自己責任をとって投資できるのだろうか。
結局、買う人は、郵便局や銀行を信用してお金を投資するのだろうが、もちろん保障はしてくれない。
素人に対して投資信託を販売すること自体、なりたってはいけない行為だと思う。

金融の技術が進んでいくごとに、なんだか妖怪のようなものが世界をかけめぐっているように思える。
社会主義、共産主義もだめだったけれど、資本主義もだめみたいだ。持続可能な経済、利子をともなわない通貨も、きっと欠点をもっている。だけれど、このままでは、みんなも地球も生きていけないのではないだうか。

その前に、誰か、我々の生活のダッシュをとめてください。道路掃除人のおじいさんみたいに、猛烈なスピードで仕事しています。
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テレビ観賞

2007年09月07日 13時17分54秒 | 日記
出張で留守している間、アップ遅れました。民放をほぼ見ない生活で大変静かです。色々と聞いてみると、そういう生活にはいっている方は以外といらっしゃるようです。
今回の件でも、マスコミは報道機関ではなくテレビや新聞を使用した広告会社となってしまっている様子が見受けられたので、BS(こちらも民放さん)とCSになるかなと思います。
一部のカリスマ的というかテレビ的ジャーナリスや評論家の私物となっている番組を見ても、しかたがないと思います。
マスコミ関係者と思われるような方から、誹謗中傷だけの議論がないメッセージもたくさんいただいておりますが、まあお互い表現の自由ということでOKなのではないでしょうか。笑
マスコミが全て悪いわけではないのですが、このメッセージのIPを見て絶望してしまいました。公証人を呼んできちんと保管させていただきましょう!
モンゴルのウランバートルではもっと大切な事態が遂行中ですが、それについての報道が相撲の話題と比べてあまりありません。残念なことです。
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