Life in Japan blog (旧 サッカー評 by ぷりりん)

日本に暮らす昭和生まれの猫ぷりりんの、そこはかとない時事放談と日記です。政治経済から科学、サッカー、手芸まで

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マスメディア・マトリックス

2006年12月29日 01時15分46秒 | 日記
サッカーについて色々思うところを書いたけれど、個人個人の方をにくいわけでもないのに、批判ばかりしているのがむなしくなってきた。

じゃあ、すべて水に流せるかというと、そんなんじゃなく、なんか、しらけた。

もしかしてすべては演出されていたのかな。最近、大半のことは演出されている。

「明るければいい」という壮大な日本に繰り広げられたキャンペーンは大成功して、みんな躁状態で、なにも考えなくなってしまった。

サッカーも、選手たちのまわりは美しく演出されている。

雑誌では消費意欲も、見事に演出されている。テレビでも。

世論を、イメージを操作する心理学を利用するプロたち。そのまま世界だって作れるよ、人は脳で生きているのだから。

マトリックスの中で生きているのと、実は変わらないということをみんな気が付かない。

そんな小難しいことを考えるのは暗いいやなやつだという、イメージ操作も完了済みかな。笑

一度、そんなものとまったく関係ない世界へ、今日、移動する。そこから感じる世界はどんなだろう。
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敗因と 2

2006年12月24日 17時23分46秒 | サッカー評論
敗因と、を読んで、思いついたこと。




「敗因と」金子 達仁、戸塚 啓、木崎 伸也著。光文社


1。TV観戦サッカーファンとして、近年の欧州サッカー市場への資本流入と競争の激化と試合の戦術的発展はめざましいものがあるが、Jリークは相対的にむしろ退化しているように率直に言って思える。

2。国内組と欧州組といわれる選手では、たぶん肌で感じているサッカースキルに対する切迫感はかなりの温度差があったと思われる。

3。上記理由で、意見の齟齬がでる可能性は高まっていた。

4。ジーコ監督は戦術を選手に丸投げした。(ブラジル流というわけでもないそうだ)恐るべき事態下でチーム作りは進んでいた。

5。ジーコ監督は、レギュラーメンバーと控えメンバーを固定した。レギュラーである選手の選考基準に疑問点があったために、控え組みは納得がいかず、その2組にも亀裂がはいった。また、選手選考に、スポンサード側の商業的な意見の影が垣間見えた。ここに心理マネージメントの欠如がみられる。

6。選手が若く、子供で、自らの不満不平や嫉妬心を率直に態度に表し、チームスピリットは崩壊した。

中田が有名選手であること、マスコミの注目度が格段に高かったこと、また、怪我で長期離脱した後、復調途中状態でもレギュラーとして採用されたことにチームメイトの反感した上に、言説を濁さずストレートに意見していた、また、最後の試合の印象が強烈であったこと、が原因でどうしても中田に焦点が絞られがちなのだけれど、そこに絞ると実は根本原因はかすむ。むしろこの本を読んだときに、かすませるのが目的か?と疑った。

監督不在。監督のマネージメント能力の欠如。ワールドカップという、名誉や、巨大なお金が動くプロジェクトに対しての選手の無責任さと幼稚さ。最大の責任は、この監督を採用したものの責任。

選手の幼稚さは日本人について考えさせてくれるところ。それは自分自身にも痛いほど突き刺さる。
選手のみんな、それでも個人個人はみんな大好きだよ、今でも。性格悪いとかいう人もいるけれど、人間みんな、そういう面もあって人間だと私は思う。
どうか今回の失敗を教訓に、どんどん飛躍してほしい。それができると今でも信じているし、世間の悪口なんて気にしないで欲しい。

でも、サッカーは嗜好品であるから、それを嗜好しなくなった消費者の自由は、認めてほしい。一度失われた消費者の信頼を再度勝ち得るのは、とても難しいものなのです。選手は人気商売で、やはり格好よくないと。
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大阪 MBSより

2006年12月23日 18時55分36秒 | Weblog

大好きなライヨンちゃんがサンタ

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敗因と

2006年12月20日 01時38分37秒 | サッカー評論
敗因とを読んで



「敗因と」金子 達仁、戸塚 啓、木崎 伸也著。光文社

金子達仁さん、戸塚啓さん、木崎伸也さん共著の「敗因と」(光文社)を拝読しました。読んでいて、選手のことが気の毒に思えるくらい、内部でのなさけないもめかた、器の小さい悪口が掲載されています。それを「あえて」掲載したというのは、腹は立つけれど、最大の憎まれ役をかって鏡になろうとしたのかもしれないなと思います。
金子氏達は、「ここに映っているなさけない子供たちは誰?もうやめようよ、こんな体たらく」とみんなに問いかけているのかもしれません。

でもね、正直、こんなこったろうって思ってた。どうにもラインの上げ下げでもめるというあほくさいことをやっているし、(とっととおりあいつけないと。)3バックだ4バックだってらしくないばかな議論がプロ選手からもれてきていたので、耳を疑っていたけれど、どうせこのレベルでまたまた亀裂がチームにまたはしったんだろうって思っていました。
なにせジーコは戦術を提示するタイプではないし、ブラジル人なので、戦術をきっちりつめるというのはあまり得意ではないことはわかっていたので、まとまらないだうし、これは最悪だなぁっておもっていました。ジーコをつかったことの当然の帰結かも。名選手で大変な人格者だけれど、プロの監督ではないもの。

ひでは欧州標準では正しい。でもディフェンダーはJリーグ(アジア)での経験しかなく、しらねぇ、できねぇぜったいって思っていたのではないでしょうか。でもひでは高いレベルを求める。日本のディフェンスは堅守は無理なので、やはり点を取る必要がある。だからラインは前半安全な点を稼ぐまではあげなくてはいけない。点をとらないと、勝てない。
でもツネさんはできるスキルで回答する。でも、低いラインで守備ができるイタリア代表、チェルシーなどのチームは、ものすごく訓練されて極めてフィジカルの強いタイプのディフェンダーでないと勤まらない、世界レベルでは。あれは難しいし高度だと思う。それをするタイプのチームは、きっちり戦術を守備的に固めるタイプでないと。

それに、バルサや往時のマドリーみたいにハーフウェイまであげるのが無茶でも、せめて、ヘディングで決められない程度までは最低限上げる必要はあったと思う。延々どん引きではもたない。どん引きになってしまったら、中盤も下がってカウンターを狙うしかない。でもそれができていなかった。一点を守るなんて、できない。オーストラリア戦では、ひではそういう意味であげて欲しかったのだと思う。あといってんとるまで、高く。攻め込まれても、せめて、ヘディングできない程度に。ツネさんのよさを生かすチャンスが少なくなっていた。つらかっただろうな。

ひでさんも言い方が強かったんだろう。それは本当にいけない欠点だと思う。私なら頭に血が上ってぶん殴って張り倒していたかもしれない。

ひでは怪我で苦しんで、その後も、最もよかったころのプレーにはなかなか回復しなくて随分苦しんだと思う。チームメイトにまで終わったなんて思われたのなら、伝わっただろう。でも自分の調子がなかなかいい風にいかないのはひでが一番知っていて、一番苦しんでいたのではないだろうか。そんな苦しみを背負った人に、終わったという言い方ができるなんて、なんて人間の嫉妬というのはなんて醜く恐ろしいのだろう。

でも人間はそんなものなんだ。私だって、いや、私ならもっと醜くおぞましい嫉妬をしたかもしれない。それほどひではマスコミの中でファンの中で輝き、サッカーの才能は飛びぬけて秀でていたから。
たとえ、キックの精度が落ちても、時に決定的に集中力が落ちる瞬間があっても、ゲームを読む力はそれを補おうと極めてさえていた。でもそれを共有できる人がいなかった。舞台が世界だったので、欧州や南米のことを一番知っている選手に傾聴するのが確率的には一番現状にあった答えが導き出せたのではないだろうか。たとえその選手がピークをすぎていても、経験は生かさないといけない。でも日本人にとって最も貴重な財産である彼の経験を生かすことを自らこばんだあの日本代表には未来はなかった。生かしたら勝てたのかというと、どちらかというと正直負けていたと思う。でも、サポーターが傷つくようなみっともない負け方ではなかったと思う。

日本人は、誰が悪いわけではないって、しようがないってすぐ言う。でもそれがたまらずいやだ。いつもそうやってあがったと思ったらめそめそ、だらだら奈落へ落ちていく。

嫉妬はしても、プロらしく仕事を遂行するのが美徳だと思っていた。それは、ありもしない理想なのかな。ビジネスの世界でこんなことで何百億のプロジェクトがつぶれたら、それこそ大責任問題だ。小さい仕事ではこういうこともありだろうけれど、ワールドカップは日本国を背負っていのに、責任の重さも感じないほど子供だったのか。

なんか、、、、本当にいやだ。小さい。あまりにも、矮小だ。情けなくて涙が出る。自分たちの姿がそのまま鏡に映っているじゃない。今のいじめは、ここだよ。ここにちゃんと映っているよ。職場のうつ病も、ここにちゃんと映っている。醜い、器の小さい、自己愛に満ちた自画像。

サッカー選手は、巨額な報酬をもらっている。尊敬されている。でもそれは、職業人としてもっともプロらしく生きていなくてはいけない実力の世界で生きているからではないだろうか。プロ中のプロとしてその報酬をもらっているからではないだろうか。それなのに、ものすごく幼稚なレベルでもめている。
サッカー観も。。。世界の潮流から遅れたままだ。。。。それで大丈夫?そんなレベルで大丈夫かい?頭ごなしに今まで培ってきたサッカー観を否定されたら傷が付くダウけれど、自らのサッカー観に自信があるのならば、理路整然と反論すればいい。気の強さで負けるなら勝てばいい。言い方が鋭いのならば、百倍の皮肉でかえしてやればいい。負けないのが仕事なのに。

ボールを扱うのがうまいだけでプロになってしまう。戦術眼なんていきあたりばったり世界のセオリーなんて関係ないでは、世界は永遠に手に届かない。別に届かなくてもいいけれど。ドーハのとき、冷血人間と非難された人間が、自分でも驚くほど一生懸命応援するようになったけれど、ばかばかしいや、とてもプロとは思えないよ。
あなたたちの人生であなたたちの試合だから、勝手にやってちょうだい。そのかわり、仕事を貫徹する覚悟ないなら日本っていう名前を無断使用して傷つけないでほしい。

選手のみんなは大好きだけれど、サッカー選手としては尊敬できない。こんな涙が出るほど悲しい心の亀裂はないよ。日本代表を応援して心にもらったのは、心に激痛をもたらすスクリプトだった。



中田英寿誇り  小松 成美著(幻冬舎)
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2006年 クラブW杯 インテルナシオナルVSバルセロナ  トヨタカップ

2006年12月17日 22時20分53秒 | サッカー観戦
中継されるアナウンサーは、スポンサーのご意向か、番組的にか、バルサとロナウジーニョを連呼するのですが、その不快感をよそに、素晴らしい試合を見せていただきました。
試合がはじまって30分でこれはインテルナシオナルかなぁと思ったら、やはりそうなりました。いいサッカーをして、かつ、個人技でも負けなかったインテルナシオナルは正真正銘世界一です。代表のサッカーにはないクラブのサッカーのよさを見られました。本当におめでとう。

よくバルサを研究していて、彼らが一番嫌がる戦術をとり、かつ、抑えるべきポイントはきっちりとチェックしていました。引いて守るチームというアナウンスとは違うサッカーをしていたと思います。積極的リアクションサッカーというか、ちゃんとプレスをかけ、でも無理をしてまで攻め込まず、でもきっちりチャンスは狙っていた。バルサが一番弱いタイプかもしれません。CLで敬愛するベニーテスはこれに近い形をとってくると思うのですが、ライカールトもどこかを考えなくてはいけないかもしれません。(ベニーテスはたまにすべるけど。笑)

この試合だけでよかったんじゃないかな。まだこの大会形態は早いと思います。

最近サッカーについて本当に率直な感想なのだけれど、数は、見切れないほど増えたけれど、内容はどんどん薄まってきていると思う。仕事をしていて忙しいし、数はこなせない大人としては、いい試合を見たいのに、とくにシーズンはじまったころは過密日程の関係で、ものすごく省エネサッカーを見せられる。で、だんだんつまらなくなって見たり見なかったりでクリスマスをむかえる。
もちろん1月中ごろからあがりだすので、そのころからはいい試合が増えるのだけれど、今度はCLに出ているチームがリーグ戦でぽろぽろとミスをしたり、おかしな具合になってくる。

サッカーが好きだから、いい試合が見たい。だから、過密日程は、是が非でも是正していただきたい。数はこなせないし、こなしたくない。10の試合が5に減っても、放映権料がその分高くなっても、過密日程ではない良質な環境で、がちんこ100%の試合を1つみたい。
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ニートでもいいと思う

2006年12月15日 01時26分39秒 | 日記
今は正社員として働いているし、それなりの収入も得ているけれど、どうにも幸せではない。

とにかく、競争が激しすぎて、時間がない。猛烈ダッシュが何ヶ月も続いている。
ベンチャーだからしかたがないといえばそうかもしれない。

30代の友達は、男性陣は、本当に残業で大変だ。ある意味、ニートで生きていくのは、自己防衛だと思う。ダッシュできない人は、絶対存在するのに、その人たちをダッシュできないと攻め立てるのは、ばかげていると思う。美しく歩く才能のほうが、価値があるという人だってたくさんいるのに。

昔から京都にはたくさんそういう感じで自由にのんびり生きていく人、おおかったし。

過剰に働いたからといって、企業はなにもむくいてくれないし。笑 冷たいからね、切るときは。笑

一生懸命働いて年金をとられても、私たちの世代はどう計算しても、もらえない。
でも、国民年金の親たちは、私たちが払っている金額以下しかもらえない。
だから、おこずかいをあげなくてはいけない。養わなくては生きていけない。

私たちは他人の親へお金を支払っているんだ。厚生年金をもらっているおやじたちになぜか奉仕しているんだ。これって、ひどい不公平だと思う。

こんな状態で結婚したら、生活破綻だ。というか、親は生きていけない。
ましてや専業主婦で出産して離婚したら、ワーキングプアの路まっしぐら。

子供をうむのがものすごくリスキーなんて、夢がない。離婚した父親の80%は養育費を払ってくれないし、女親が苦労するのは目に見えている。

子供殺しや虐待を起こす親は経済的に困窮している人が多いし、経済的な行き詰まりが虐待や殺人の要因になっているのはよく知られているはずと思うのに、だからこそ最低限の人間として生きていける生活保護は余裕を持って受けていけるようにしなくてはいけないはずなのに、どうして一番大切にしなくてはいけない生活保護の予算を切り詰めていくんだろう。どうして役所の窓口で、受けられないように異常に基準をなんくせつけて厳しくするんだろう。

公務員って、本当に必要な働き、してるのかな?裏金とか無駄遣いとかばかりで、だったらここにお金まわしなよ~。

今の子殺しは社会全体で実行しているんだ。
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バルセロナ対クラブアメリカ トヨタカップ

2006年12月15日 00時25分44秒 | サッカー観戦
いったい、この試合になんの意味があるというのだろう。

ヨーロッパのトップチームにとってはどうでもいいタイトル(商業的には意味があるのかも)

結果のわかったできレースを、超省エネモードのバルサを見せられるつらさ。

なんなんだ。いったい、これはなんの冗談なんだ。

選手たちに過労をしいてまでこのトーナメントをする意味はいったいどこにあるというのだろうか。

昔のトヨタcupのほうが、いい試合がばちっと見られた気がする。
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