Life in Japan blog (旧 サッカー評 by ぷりりん)

日本に暮らす昭和生まれの猫ぷりりんの、そこはかとない時事放談と日記です。政治経済から科学、サッカー、手芸まで

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サッカー コメディー 狂想曲

2006年07月26日 22時18分55秒 | Weblog
ある雑誌に書かれた、サッカー選手の記事。そこには、彼の心をわからないチームメイトのことが書いてあった。チームメイトたちは、マスコミ記者に彼の悪口をそっとつぶやいていたという。坊や選手たちにはわからない。笑顔で、友達のように近づいてくる彼らは、ただ面白い記事を金に換えるだけのおおかみで彼らにとって君たちは羊以下のおもちゃだって。

そんなおおかみにころっとハートをころっと持っていかれて、TVで雑誌で仲良くコメントするけれど、肝心の仕事はさえない。元気ない。ふがいない。

でも、そんな試合をワールドカップという神聖な場所でしたって、日本代表のチケットは完売さ。ふっ、ファンはばかだね、たやすいね。トップの席の御大は、ほくそえむ。サッカーファンってたいがい「ちょろい」。

こんな低次元なことが繰り返されていく。サッカーの中身で批評したり、楽しんだりという日はくるかな。新しい監督がきたって、喜ばしい日に、まずは失望という質問が飛ぶのは失礼だけれど、なんだかまたこれが繰り返されたら、本当に日本のサッカーは見ないようにしよう。

ライターさんマスコミさん、選手たちの仲を、ファンの心を切り裂くような個人的な情報を陰口みたいに書くのはやめてくれ。相手が反論できる場所で、どうどうと彼らにたたきつけてくれ。極めてアンフェアーだ!
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オシム監督へ、日本の絶望より

2006年07月23日 01時54分34秒 | Weblog

オシム監督は、さきのワールドカップで失望したのはおかしいとおっしゃった。

以下、増島スタジアム の記事より引用
W杯の失望に関することだったが、失望する前には状況を楽観する必要がある。楽観しているから失望する。楽観的な見方は、どんな根拠にもとづいているのだろうか。相手の代表について、こちらが持っていないような情報があったのだろうか。2つの答えがある。こちらが相手について適当な情報しかなかった。あるいは、適切な情報はあったが、相手を見下した。そのどちらかが根拠ではないか。私が今言ったことは、多くの人をがっかりしたかもしれない。ただ現実的に考える必要がある。自分たちの能力以上のものを期待してしまうと、結局のところ失望をしてしまうと思う。
以上引用終わり

そりゃそうだ。私は、ワールドカップの予選さえ、かなりあぶないと予想していた。ましてや、本戦では、かなりの確立で散々な目にあうと思っていた。
オシムさんにはわからないだろう。 あのゲーム内容はかなりひどい。中村も、小笠原も発熱していた。
どんな問題が目の前にあるのか、何年間もちゃんと見えていた。解決しなくてはいけないと、上層部は感じていなかったようだが、選手はファンは評論家は感じていた。それなのに、なにも、なにも解決しないまま、じわじわ、じわじわ、ただ己の国のチームが、死んでいくのを見ているしかなかったこの絶望感。このままでは死ぬとわかっているものに、なんの解決策もほどこさない、無能な医師を見ている、この、いやな、苦しい経験。 オシムさんには、理解できない状態だろう。(私たちはなれているけれど。)
私たちが失望したのは、この結果ではない。そこに、自らずるずると滑っていった、"無策"への絶望だ。その結果の、戦いの"内容"だ。むちゃくちゃなチーム作りと戦術へ、だ。戦術以前に、発熱したMF、疲労困ぱいのFWをだす無謀さへの絶望。。。。。
日本は、もう少し、ましなゲームができたはずなのだ。いや、やりようによっては、非常に個性的なプレーができるはずだ。その意見では、オシムさんと合致する。日本の特徴である、MFのよさは、体調不良により、死んでいたのである。攻撃を作る位置のMFが、死んでいたので、守備的な位置にいた中田が、両方のポジションをこなすため、走り回りすぎてばててしまった。中田がゲームをむちゃくちゃにしてという元ガンバの迷監督に聞きたい。一番ゲームをつくり、攻撃の形をつくらなくてはいけない中村が風邪で機能できなかったら、ほかのMFはだまって指くわえて、よちよち自分の場所だけこなせばいいのか。監督が中村を交代させないのであるから、誰かがこなすしかないであろう。元祖ゲームメーカーの中田がゲームを作る動きもするのが、チームプレーとして球技の当たり前だ。

相手を見下していた?まさか。毎週、プレミアリーグやスペインリーグを見ている日本のファンは、海外の選手のレベルの高さは知っている。確率的に言えば、日本は最下位のほうだった。それは、当然知っていて、日本のグループリーグは確率的に低いと知っていた。 なのに、なにも、なにもできなかった。なにも。

今は、協会批判などしてもしかたがない。それより、協会の力を利用しなければいけない時だ。だけれどそれは、腐敗を招きかねない。またぞろ ちょうちんライターをのさばらせ、息の詰まるようなマスコミの環境を作り出すことなるだろう、多少暴論があっても。多少無理解があっても、もう少し自由に評論家といわれる人たちが発言できるほうが、健全だ。

ジーコへの敬愛がそんなことで消えるほど、日本人の彼への愛情は浅くはない。


でも、元来の日本人選手の姿をオシムさんがだせれば、私はいい線いくと思う。内容は。結果は、わからない。やはり、世界のサッカー大国の歴史は分厚い。

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中田英寿とともに

2006年07月04日 20時04分37秒 | Weblog
サッカーへの愛は、強制されるものではない。私はあの試合で、日本代表への愛を見失ってしまった。
ひでがプレイしていれば、取り戻せただろうに、その可能性もなくなってしまった。

愛をぶんどれる選手はあらわれるだろうか?愛は、強制も、推薦もできない。心から日本代表を応援できる日がくるだろうか。

心からJリーグを見たいと思う日がくるだろうか。

あの青年がいなくても、そう思える日がまたくるだろうか。

中田英寿、さようなら。
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ありがとう、中田英寿選手

2006年07月04日 01時41分35秒 | Weblog
ここ数ヶ月、中田選手へのファンメールは、"ずっとひでを見ていたい"という文面だった。
1通は、"いつかお別れするから、少しずつ、少しずつ"と、自分をなぐさめるための独り言だった。

やっぱりだった。私には、あれから先は、描けなかった。

中田英寿という選手を超えるゲームの構成力を持った選手はこの先なかなか輩出されないだろうけれど、それでは困る。きっといつか、彼のよさとは違うけれど、彼のようにゲームを構成できる選手がでてこないと。

この10年間、ずっと彼を見つめていた。ずっとずっと、応援していた。

Jリーグのピッチでみかけた彼は、まだ少年だった。
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