Life in Japan blog (旧 サッカー評 by ぷりりん)

日本に暮らす昭和生まれの猫ぷりりんの、そこはかとない時事放談と日記です。政治経済から科学、サッカー、手芸まで

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ひでさん、一般財団法人設立

2009年01月23日 01時48分27秒 | サッカー評論

中田英寿氏が慈善団体創設 サッカー代表OBらで構成(共同通信) - goo ニュース

とても合理的で独創的な取り組みです。"楽しさ"が足りない日本に楽しさを振りまいていただきたいです。
楽しんでそのあとに少しの善意が残れば、素敵なことだと思います。
選手のセカンドライフを助けるというのは真剣に取り組まなくてはいけない事項です。

以前、J SportsのFoot!という番組でブラジルの元選手が少し小さくしたコートでがちんこな試合をしていたのを見たけれど、このような形式であればかなり楽しめる試合ができるかもしれません。
サッカーのコートは広すぎるし、フットサルでは競技の性質事態が異なります。

経済危機でスポンサーが厳しい状態ですが、1998W杯組やアトランタオリンピック組当たりのファンは熱心なファンが多くて経済力も相対的にまだ残っているアラフォー世代、興業としてみても充分利益を出せると思います。

今の日本代表は前回の試合がほとんど急ごしらえのチームでの試合となってしまいました。おかちゃんは選手をがらりと変えました。替えすぎたかもしれません。笑

日本代表の試合は興行的な要素も持ってしまっている。でも選手のコンディションを考えれば変えたことは悪くはないと思います。

なんだかんだいっても、持っていきようが悪いだけで、持って生きようによってはまだ稼ぐことができるコンテンツだと思います。

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オシム監督、日本にいてくださいますか?

2007年12月28日 01時37分10秒 | サッカー評論
 オシム監督を襲った病魔、本当に心が痛んだ。目を閉じても、オシムさんの顔が目に浮かんだ。胸が痛い。人を魅了する魔法を持った方だった。

 オシム監督に関する本は、3冊所持しているけれど、実はご本人が著された「日本人よ!」しか読んでいない。その他の本もパラパラとはめくったけれど、なんていうか、サッカー以外の情報でオシム監督に魅了されるのはサッカーファンとしてはあまりよくないのではという自分でもよくわからない思いつきから読んでいなかった。サッカーだけを見て、サッカーの中からオシム監督のサッカーだけを見ていたいと考えていたから。それでもテレビや雑誌でボスニアの悲劇のエピソードは知ることができた。

 ネットの新聞や雑誌のインタビューはなるべく読むようにした。ユニークな語り口には本当に魅了された。

 アジア杯4位という結果でひどく批判する人がいるけれども、あのひどいくそ大会がいったいどんな気候の中で開催されたのか、批判される方は覚えているだろうか。しかも、昔の日本代表は酷暑国でのフィジカル調整では定評があったのであるが、今回はJリーグの日程のために、たった5日前に現地いりとなったので、調整などまったくできていなかった。他国は、とても余裕をもって現地いりをしていたので日程調整では負けていたのである。夏場の戦いとしては大きな要因であっただろう。(私には、サッカーの日程がオシム監督と選手の体への敵に思えた。)

 それであるから、オシム監督は、あまりありえないと感じていた、パサータイプの中盤選手を同時起用、人を走らせるのではなく、ボールを走らせてアドバンテージをとろうとしたと思われる。目的はある程度達成できたし、オシム監督は、アジア杯を日本代表の練習合宿として活用するという力技へと駒を動かしていたので、あの結果はそこそこ十分なものであると私は考えていた。

 ワールドカップまでの道のりの間にいかにして日本代表の欠けている部分を補うか、タクティクスのプランニングをして、その時刻表では選手たちには時間がない状態であるので、そのような力技にでたのだと思う。

 タクティクスの内容も、全体的なプランニングの中で選手の実力と足りていないもの、理解していないものを抽出し、それを補うためにオリジナルでユニークな授業をおこなっていたのだと思うけれど、そういうタイプの監督手法にとって、時間がないというのは一番困る事態であったのだろうと思う。旧ユーゴ代表監督時代では、同じ代表監督といっても、選手がつぶぞろいの恐るべき選手たちであったので、この手の苦労はあまりなかったかもしれない。

 チャンピオンズリーグの奇跡ともいえる偉業を考えると、彼の力が最大限に発揮できる場所はもしかしたらクラブチームであったのかもしれないと考える。その点、そういうタクティクスを必要としている段階に日本があるということでは、日本代表は彼をとても必要としていたのだと思う。
 ただ、そういうタクティクスに優れた監督は、代表監督としても素晴らしいけれども、一番いいのは毎日レッスンを教えられ続けるクラブという場所かもしれないな、とも考えていた。たくさんの優れた選手を輩出することができる、そんな場所。

 サッカー日本代表というチームは、いい意味でも悪い意味でも商業主義と密接にかかわっているチームなので、その偏った状態をスポーツ側に戻すという意味では彼の哲学に非常に強く挽かれていたけれど、反対に彼がひどい形で妨害されるのではと心配していた。儲からなくなりました、ではすまない金額が動いているチーム日本代表。根拠があるとはいいがたい罵詈雑言を批評家にあびせられた。

 ただ、かれの巨漢ぶりと、持病をお持ちでおられること、ご高齢であられることを思うと、失礼ながら、大会まで健康が持つのかな、本当に・・・とはしょっちゅう家族の前では冗談半分に心配していた。アジア杯では、肌の露出に赤いはれも見た。ストレスまたは、なにかの感染症か?と本当に心配だったし、ホテルの部屋がなかったり、飛行機ポカされたり、ご高齢の身体にかかる負荷は本当に心配であった。

こんな心無い経緯で監督の座を去られたことが悲しい。

 日本人は昔は仕事の場面でも人と人との繋がりを大切にしていたと思う。たとえ、部長が倒れても、わずかその9日後にその後任者がマスメディアで騒がれるというような心無い失礼極まりない人事は行ってこなかった。なぜなら、上に立つ人のメンツをとても大切にしていたから。

 例え形だけであっても、まずは代行監督という形で就任していただいて、それで治療の具合、ご本人の意思や周りの気持ちの整理がついてから、正式就任という方法を普通採ると思う。相手の自尊心を木っ端微塵に打ち砕く方法での今回の監督の移行。息子のオマル氏まで解任された。

 今回、なぜこのような日本の伝統的な傾向からしても礼を失した形での監督の移行となってしまったのかがわからない。岡田監督に変わられてから行ったことは、大学生との練習試合となんだっけ?なぜ、代行監督をおくという穏便な方法を採らずにこのような方法をとったか、まるで鬼が寝ている間に、鬼のすべてを破壊してしまうような、そんな惨状にファンには見えた。本当にある人たちはさめた目つきで日本代表を見るようになってしまった。

 オシム監督が病室でどうしたという記事も、すべて日本サッカー協会からの伝聞だけ。信じられないし、今のマスコミの情報は元々信じられない。本当にオシムがそうしたのか。本当はどう思ったのか。それを当て推量などしたくない。また、病状や言動なども報道してほしくない。
 私ならば、たとえ生死をさまよった病状であっても、少し待ってほしかったと思うだろう。命をかけておこなっていた仕事を、そして契約を、簡単に反故にされるなんて、ひどいし悲しい。私の親も同じ箇所を異なる疾患でわずらったけれど、数週間で現場復帰している。

 本当に生死をさまようほどの症状であったかどうかは、病院スタッフしか知らないだろうけれど、奇跡の回復というのは脳ではおこりにくく、その臨床症状は脳の器質的におった箇所のダメージの具合と符号するものなので、会話可能で軽い左半身麻痺という回復が本当であるのならば、私にはこれほど急いだ人事が必要であったほどの出来事であったのだというエクスキューズにはまったく感じられない。

 ご高齢の方が脳梗塞をおこされているのに再度この監督の激務を課すことは安全面からいってできなかったとは思うが、心臓に持病をお持ちの方に脳梗塞などの疾患が発生しやすいことは常識なので、元々このリスクは高い確率で存在していた。その方を引き抜き、代表監督につかせたのは協会の決定だ。

 相手への敬意が本当にあれば、こんなにサポータの心を冷却するような方法をとらなくてもよかったんじゃないか。

 私は最近、バレンシアが恒例お家騒動をおこしているし、イングランドリークにはいまいちなじめないので、サッカーをさほど見ていない。オシムさんの件で、本能的にサッカーへの愛情がいま、なくなっている。このまま彼が、彼の家族が冷遇されるのであれば、すべてのサッカー雑誌も、なにもかも焼き捨てて、また、音楽の森の中でひきこもる生活に戻るつもりです。
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オシム監督から岡田監督へ

2007年12月10日 23時45分00秒 | サッカー評論
クライマーは個人として、個人で断崖絶壁をのぼるので、登頂成功の体験も滑落の責任も一人のものだけれど、

日本代表という国としてワールドカップという難易度最高の断崖絶壁の登頂を目指すチームをひきいるということは、自分の実力に絶対の自信がないといってはいけない言葉なのではないだろうか。

なぜならその断崖絶壁は個人の人生の課題ではなく、個人の征服意欲を満たすためだけのしろものでもない。
一国のサッカーのあり方に対する全責任をせおっての登頂であるのだから、私は世界各国の名将と十分勝負できる技能を既に身につけていますと自信をもっていえる名クライマーしかワールドカップという山に挑戦してはいけないと思う。

クライマーは自分の技能以上の峰を目指してパーティーを遭難させるようなことは命にかかわるので絶対にしない。数々の経験を難易度の高い峰峰でおこない、自身の技能を切磋琢磨してからはじめてリーダーとして登頂するのだ。

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

オシム監督の意識は戻られたけれども、監督は岡田さんへと交代になった。岡田監督は日本人監督の中でも最も優秀な方だけれども、国際舞台での経験といえばワールドカップ3連敗で、まったくの未知数。どうしてこういった選考になったのかさっぱりわからない。

実績よりも、日本人監督が日本代表を率いて世界に挑戦するという浪漫に重点をおかけたのであろうか。
確かに日本語でのコミュニケーションはいうことなしだけれど、1年4ヶ月Jをご覧になっていなかったと聞くと、急を要するから岡田監督でというわりには、日本人選手のことを今はさほど知らないし、元々は監督業から離れたかったのかなと心配になってきます。

オシム就任に対して「本当にすごい監督かどうかわからない」「ジェフだってたいして強くなかった」と批判していた人は岡田監督をどう評価するのだろう。今のところ批判はないところを見ると、岡田監督のほうが優秀であると判断されているようです。
私はJの試合をさほど見ているファンではないので、なにも反論できません。

日本代表を日本人監督でというのはある意味夢があるけれど、人種国籍で勝てるわけではないので私は考慮に入れません。
ただ、岡田監督のご人格は、ユーモアも知性もサッカーに対するご見識もすばらしく、とても素敵な方なので、心からご成功を祈っています。一時監督業からもJからも離れていたけれど、どのようにそれを取り戻されにいくのか、興味はあります。とてもまじめな方なので、きっと大変な努力をなさると思います。

でも、日本代表を応援するかどうか。。。なんだかこの監督交代劇の推移を見ても、日本サッカー協会の動きがなんとも不可解で、理解できず、とても応援するきにはなれないのです。もう、ついていけない、ついていく気力がないです。


オシム監督が本当に凄い監督かどうか、私ごときが意見するのも変だと思いますが、チャンピオンズリーグにオーストリアのチームSKシュトゥルム・グラーツで好成績を収めるというのはものすごいことなので、日本代表には本当にむいている監督だと思っていました。さほど財力のない、そこそこの実力をそなえたスターではない選手たちをうまくよういてチャンピオンズリーグで好成績を収める、これは今の日本代表の現状と少し似ているからです。また、実力者ひしめく旧ユーゴ代表をまとめあげた経験から言っても、そういう集団をまとめるカリスマ性をお持ちでいたので、ずっと最後まで日本代表の監督でいてほしかった。

スイス戦での試合運びに安心し、このまま進めば、いい成績を収められるかもしれないと期待していたのに、神様のいたずらでこのような事態にあいなってしまいましたが、ご高齢の持病をお持ちの巨漢な監督でしたので、健康面では大変不安ではありました。

欧州の監督さんでも、ストレスからか心臓に持病をお持ちで、発作をおこしてもがんばっておられる方がいらっしゃいますが、大変な職業です。
おかちゃんがんばってください!

浦和対ミラン、オジェックさんも名将なので楽しみです。
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日本サッカー界の冷たい冷たいアイスクリーム

2007年12月05日 02時23分54秒 | サッカー評論
日本人は、いつからこんなにひどい仕打ちをする民族になったんだろう。

たとえ、アマル氏の解任がビジネス用件であったとしても、
このタイミングで???

最悪だ・・・・・・・。

いやらしいことをして相手をおとしめてすっとしたつもりでも、こんなに尊敬される方々にひどい仕打ちをして、海の向こうの反感かって、いろいろなシーンで不利になってくれ。
ばかだ。
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サッカー日本代表監督はオシム監督から岡田監督へ?

2007年12月01日 01時11分05秒 | サッカー評論
ワールドカップにでられたとしても、下記監督と戦わなくてはならない

彼らに勝てるのか?それともワールドカップとは参加することに意義があるのか??

バーレーン監督 ミラン・マチャラ

オマーン代表監督 ガブリエル・カルデロン

ドイツ監督 ヨアヒム・レーヴ

フランス監督 レイモン・ドメネク

ポルトガル代表 ルイス・フェリペ・スコラーリ

ロシア代表 フース・ヒディンク

チェコ代表 カレル・ブリュックナー

イタリア代表 ロベルト・ドナドーニ

オランダ代表 マルコ・ファン・バステン

ギリシャ代表 オットー・レーハーゲル

スペイン代表 ルイス・アラゴネス

トルコ代表 ファティ・テリム

フィンランド代表 ロイ・ホジソン

アルゼンチン代表 アルフィオ・バシーレ

ナイジェリア代表 ベルティ・フォクツ
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ついていけない、ついていかない

2007年11月28日 22時53分47秒 | サッカー評論
W杯後、日本代表にがっかりした気持ちを奮い立たせてくださったオシム監督の言葉。本当にありがたかった。

倒れられて、おかちゃんが後任にあたられるらしい。

監督選びの基準が、まったく理解できない
やっていることが理解不能

もう、ついていけないし、いかない

オシム監督も相当なストレスだっただろう。なにしろ、自分の試合をアナウンスしている解説者が、自らの批判の急先鋒だったのだから、こんな異常な状態はなかったのだ。テレビ局もさすがの人選だよ。やるよ、あんたたち。

お金儲けをしたい方々には邪魔でしかたがなかった監督は病気に倒れた。

批判していた解説者の方々、同じラインで比べて、オシムを批判したその目線で岡田監督には批判をしないのであれば、岡田監督はオシムを超える名監督と判断されているのだろうか。

すばらしい批評家が日本にはたくさんいるよ。すばらしすぎるよ。

喜びの祝宴をお金の黒幕とあげておくれ。

またまたちょうちんライターだけが記者会見に出席できるようにしてくれたまえ。そんな記事だけが紙面をにぎわし、スター選手が製造され、適当な戦跡で散っていく。


ばいばいサッカー、お金と敵意にのっとられた悲しいスポーツ。
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オシム監督続投希望

2007年11月28日 00時58分43秒 | サッカー評論
オシム監督の意識が戻られた。

病身の老体に鞭打ってと叱られるかもしれないけれども、私はオシム監督に
指揮していただけたら嬉しい。
脳梗塞でも現役に復帰している方はたくさんいる。
大好きな俳優、千秋実氏もそうだった。著書「生きるなり」で壮絶なリハビリ体験を書いておられるけれども、本当に感動した。
横綱大鵬も、今はお元気だし、治癒できる具合は人それぞれだ。

もしどうしてもそれが難しい場合は、オシム氏ご本人の気持ちを尊重したい。
できるならば日本にとどまっていただきたいけれど、酷なお願いだろうか。
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サラエボの哲学者、オシム監督

2007年11月17日 21時28分28秒 | サッカー評論
イビチャ・オシム監督が倒れられた。個人の病状はプライバシーなので伏せていただきたいと同時に、どうにも心配でずっと気が重い。

監督のご性格からして、心配しすぎたり悲観的になりすぎるのは、よくない態度だと思う。それでも本当に心配だ。

脳梗塞という病は必ず後遺症をともなうものではないし、なにも詳細はわからないので、なんともいいがたい。しかし、病院への搬送に1時間を越えたというのが気がかりだ。一番気をつけていただかなくてはいけない点であったというのに。

次の監督なんて考えられない。どうか、早くよくなってほしい。

次の監督はと話してるファンがあげる監督は、有名な監督ばかりだけれど、
オシム氏は地味ながら日本が抱える問題点をよくよくわかっておられた。

とても現実に即した対応をされていたし、いっきに高次元へ飛ぼうとはせず、ほんの少しずつ着実に変化を即した。チームは地道にいい方向にむかっていっていた。

いい体育教師、いい授業といった感があった。

最初から高齢であられる点だけが心配でだったけれども、本当に、見たい。
オシムがワールドカップの舞台で、ふたたびどのような采配をふるわれるのか、
どのようなユニークな発言を記者会見でなさるのか。

本当に魅力あふれる方だから、ふたたび現場にたってほしい。
名監督のかわりはいても、これほど日本を大切に思ってくれる名監督は、なかなかいない。それがどれだけ大切なことか。

最後に大切なものは、対象へのかかわりだと思うから。それは愛情とよばれるものかもしれない。
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サッカー関連書籍

2007年07月28日 17時21分59秒 | サッカー評論



日本人よ! イビチャ・オシム著 新潮社 2007.6


最近読んだ本で面白かったものを2つ。

**「日本人よ!」イビチャ・オシム著 新潮社 **

難解な発言て知られるオシム監督。私はかなり楽しんでいるのだが、インタビュアーになったら緊張するかもしれない。本当にサッカーを自分の頭で考えている御仁でないとなかなか厳しい。
日本語は言説があいまいで、日本人は共通の感覚でお互いいるということが前提となったコミュニケーションが日常茶飯事であるので、言語で明確に論理的に組み立てて、異なるスタンスの者同士が互いの相違点について交流するというのは言語的にも思った以上に難しい面がある。察しながら話す日本語は便利で恐ろしい。

日本語でももちろん正確なやりとりは可能なのだが、主語も述語もあいまいに喋る方法が一般的で、英語でのコミュニケーションの際にはっとすることがある。

彼を見ると、中田英寿選手を思い出す。インタビュアーの質問が質問になっていないので、親切に聞き直していた姿を思い出す。適当に答えてしまえば?とも思うのだが、確かに日本のインタビュアーはかなりへんというか、普段からサッカーを好きではないんだな、というのがよくわかる、ですが・・・と思いますが・・・で終わる会話だけの、サラリーマンの仕事のばかりだ。

今日2007年7月28日も、オシム監督の試合前のインタビューを見たのだけれど、質問者の意図を組みかねているのか、正確性のかける文章になっていないセンテンスの添削授業になっていたのには笑えた。
ここで相手チームを刺激するようなことはいえないからとぼけている部分もあるのだろう。それとも翻訳がまずいのか。笑

他言語に翻訳され、その言葉が一人歩きすることは非常に怖いことであるから、文章の正確性、論理性はきっちりとしないと、マスコミに足をすくわれかねない。もうすでに、彼の発言を曲解した記事ばかりがスポーツ新聞やライターのサイトをにぎわしたので、彼はますます正確性と論理性、なによりも恣意性にはこだわるようになるであろう。それはマスコミ人側の責任だと思う。

前置きばかりが長くなってしまったけれど、そんなマスコミを通してのオシムの言葉をわかりやすくできるのがこの本だ。フィルターを通さないので真意がわかる。オシムの提案や考えかたに異議がある方にこそ、まずはこの本を読んでいただいて、それから批評すればいいと思う。

彼の理論的な考え方はとてもいいと思うし、賛成だ。でもそれが実現できるかどうかはわからない。そもそもサッカー協会側が、オシムに仕事ができる時間を与えていない。まだ日程が彼の敵であるのだ。そんな基本的なとこでどうしようもない状態におかれているサッカー日本代表の現状をマスコミは誰も叩かない。

そりゃそうだ。スポーツ新聞は、ただ単にうわさ話や余興としてしか、サッカーをとらえていないのだから。




中田英寿誇り 小松成美著 幻冬舎 2007.6


** 中田英寿誇り 小松成美著 幻冬舎 **

小松氏が中田選手の所属事務所からの依頼で著したということで、読者が期待するワールドカップのチーム内の亀裂についてはあまり触れられることはなく、むしろビジネスサイドやそのスタッフとの交流についてのエピソードが圧倒的に多い。どちらかというと、サッカー選手としての中田選手というよりも、欧州サッカー市場にもまれた選手とそのスタッフたちというほうが、副題としては正確であるかも。
小松氏はサッカーの専門ライターではないから、そのような切り口になるのはごく自然なことである。
欧州サッカーシーンのその裏のどろどろとした部分がいろいろと垣間見えてくるのであるが、その中で一稼ぎしてしまった彼女たちの優れたバイタリティーには敬意を評しながらも、なにかがその中でずれてしまったという感想は拭いきれないのは、
部外者にとってやはり彼はサッカー選手であって、その部分が最も重要であるからというシンプルな理由だ。
サッカーファンにはビジネスの大変さがわからない。
サッカーファンというよりも中田選手ファンむけの本である。
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サッカー日本代表について

2007年01月24日 00時36分49秒 | サッカー評論
サッカーファンから、日本代表に対してしらけたという本音が私以外からも聞かれるようになり、反対にどうすればいいのかという議論もおこっているけれども、それ以上になにも反省しないし、態度も変えない運営状態に、もう、だめだと席をたっていくファンも多い。

だいたい、2月に3・4日召集しただけで、どうやってオシム監督と日本代表チームは結果を残すというのだろう。ものすごく不思議だ。やる気、本当はないでしょ?実はオシムにしくじらせたいんでしょ?なーんて声ばかりです。

3月24日は、南米のチームとアウェイなんて、いいなと思うけれど、実現できないかもしれない。俊輔君がチャンピオンズリーグをまだ戦っているという奇跡がおきたり(笑)欧州組みは、シーズンの大切な時期なので、帰国しないほうがいい。
ここで疲労で結果を残せないと、移籍や残留やチーム内での評価にかかわる。ファンや、スポンサーは、選手個人個人の負担や将来なんて心配していない。自分の未来を大切にしてほしい。見ている人はちゃんとテレビで見ているもの。
特に俊輔君は体が弱いので、余裕の持てるスケジュールのときに来るべきだと思う。

興行目的でホームでの試合にこだわるのではなく、なんていうか、正当な???サッカーチーム養育論をマスで持ち上げて、アウェイのがちんこ試合を実現しますって雰囲気を作れないものなのだろうか。今回は日本代表チームはオタクに育成していきます!!とか??(代表を育成って変だけれど。チーム作りかな)

なんていうか、なんとなく異常な雰囲気で局の命運をかけて盛り上がっている!では、こんな悲惨な結果になると盛り下りまくりなので、やっぱり、誰か、明快に説明できる楽しい人(さんまさんとか??)に、今回はどうしてアウェイなんかで試合をするのかっていう説明をしてもらって、みんなで応援しないといけないってやってくれたらいいのになぁと思う。
日本代表は弱いから強くすると、思い切り宣言してほしい。

商業面は大切なのだから、本業を妨害しない方針で、商業的にも盛り上げていければなぁって思う。妨害どころか、むしろ、もっとまじめにやれとはっぱをかけるくらいのおたくな盛り上がりとか。。。。。近所のおねーちゃんが、現代サッカーのスピードってさぁって語りだすとか。。。。って面白いと思う。

でも、楽しくないと。なんか、サッカー雑誌でマニアなやつは、やたら、難しくて暗い。Σ(|||▽||| )

セルジオ越後さんはやたらうるさいし、言っていることはすばらしいくても、右から左。もっと言えっていうより、口悪く言い続けすぎて誰も本気で聞いてないです。
誰も正直なこと、言わない。言う人は、悪口まで混ぜるので、ファンは聞かなくなっている。

なんていうか、コアファンとちょっと違う、まだ初心者の類にはいる私たちには、コアな人たちの面々がいつも同じで、とっつきにくい。ストーリー捏造派の人たちもいる。

来年のJは、はたして入場者はどうなるだろう。とても心配だ。日本代表を強くしたければ、Jが強くて早くてえげつなくならないといけないと思う。
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オシム会見中止!?サッカー日本代表

2007年01月23日 23時57分55秒 | サッカー評論
私には、1つ、不可解なことがあります。以下、増島みどりさんのマスジマスタジアム
での記事なのですが、本当に、オシム監督就任会見の際に、下記のように、
オシム氏が会見を早く打ち切る意思を示されたのでしょうか。 いつか、オシム氏に
質問できる機会ができたのであれば、私はこの点を確認してみたい。

以下の文章は増島みどりさんのmasujimastadium から引用しました。
インタビュー内容の後に記載されたコラムです。



ここより引用
「最初の采配」  
会見は午後5時から少し遅れて始まった。予定では1時間半
取られていた会見の途中、オシム監督はテーブルの下で
バッテンマークを出し、さらにタイムのポーズを作っていた
という(自分の席からは前が見えなかった)。 テーブルの
下のバッテンマークは、右隣にいた川淵三郎キャプテンに、
そして、タイムの合図は司会を務めていた手嶋秀人広報部長に、
それぞれ送られたのだと、会見を終えた川淵キャプテンが
説明した。
会見を早く終らせてほしい、そういう意味だったのだ、と。  

記者会見での最初の質問は「今回のW杯ドイツ大会で
失望したことについて、改めてコメントを」というものだった。
質問には問題はない。しかし、オシム監督には問題だった
ようである。一応の受け答えをしたあと、キャプテンに向かった。
「なぜこの場で、失望した、ということから話を始めなくては
ならないのだろう」。小さく、そうつぶやいた。  続く質問には
さらに腹を立てたという。

「日本はトルシエ監督から4年間、進歩しなかった。
どうやって2010年を目指すのか」 
ジーコ前監督の4年に対して「全く進歩がなかった」という記者の
質問に「そんな比較はない」と言ったあと、ブロックサインが
飛び交ったようだ。

この時、顔が赤くなったのは遠くからもわかったが、カメラの
フラッシュで暑いのだろうと思っていたのだが。 
会見は1時間半予定されていたが、
オシム氏の、スマートだが強い意思表示によって、
40分程度で終ることになる。  
会見後、川淵キャプテンは、オシム監督と交わした
言葉を代弁して説明した。「国民全体を代表しているとでも思って、
あんな質問をするのか。そんな間違った考えでの(失礼な)質問など、
私は不愉快だ。まるで日本代表チームがどうしようもない状態に
あるかのような、そんな単純な言い方はされたくない」と、
川淵キャプテンには打ち明けたという。  進歩がなかった、と簡単に
言う前に、世界のサッカーの進歩、ひとつの国がW杯に常に出場し、
予選を突破するコンスタントな力を持つことがどれだけ困難か。
それを本当の意味でどこまで理解しているのか。失望というのなら、
失望する前提となる希望が何を根拠にしていたのかを明らかにせよ。  

この日、オシム監督が見せた「初采配」は、選手に対するものでは
なかった。ひとつはメディアに、そしてもうひとつはともに会見に
挑んだキャプテン、反町五輪監督、関係者に、さり気なく、
しかし断固たる姿勢でふるったものだったように見える。

そしてもしかすると、この采配を注意深く見つめて考えることが、
ピッチにつながるものかもしれない。  
キャプテンは、「オシム監督なら会見など何でもないと思って
いたんだが、とても緊張していたそうです」と話す。
じつに20年ぶりの、一度は自らそこを去らなくてはならなかった、
代表監督の座。再び戻ったその席は、特別な感慨があったに
違いない。
オシム監督はそこで、サッカーへの深い「畏敬の念」を表現したように
見えた。
ジーコ監督が、選手としての百戦錬磨から「自信」を強調したとすれば、
65歳の百戦錬磨の指導者は好対照である。 その「畏れ」を、
とりわけメディアには強く求めたのだろう。「監督が」何か特別な
手腕によって代表を激変させてくれる、あるいは、前の監督と比較して
どれほど違うのか、常にこういったことを人に答えさせるメディアに対して、
まずは記者たちも熟考し、日本の位置を正確に認識しなくてはならない、
という、厳しい戒めだったのだと思う。 
語録を期待した記者たちこそ、失望したんじゃないか、とチクリと言ったという。
 24日には、五輪を含めたスタッフ全員が顔合わせをする。22、23日も、
Jリーグの視察をする。注目の「初代表」は、下旬の発表になる見込み。ここで引用終わり



他のサイトの就任会見の中身を見る限り、オシム氏がこのように感情的に憤る理由は
ないように思うし、(この質問をジーコ監督が受ければ憤るだろうけれどもだろうけれども)
読んだ当時、非常な違和感を感じました。

ただ、著名なジャーナリストの方のコラムなので、客観的な裏づけでオシム氏の心の中
の感情を明確に代弁しているのだと信じたいです。

オシム氏が小声でつぶやいたのがどの言語であったとしても。


コメント

元サッカーファンの本音の発露

2007年01月08日 22時43分29秒 | サッカー評論
「敗因と」を読んでから、また、日本代表のサッカーにたいして、いいようのないもやもやが数日続いて、うん。。。

一番すきなのは中田選手だから、やっぱ、つらいというか。。でもそれだけじゃなくて、

こんなくだらないことに四年間ついやしてきたのかという、空虚さ。
こんな人たちを四年間。

こんな監督を、ずっと続けさせて、誰も責任をとらないで。

ネットでは、この本を読んで、ひでを批判する意見がでている。けっこうコアなサッカーファンまで。


やべっちを見たら、川淵氏がテレビでてるよ、笑顔で。

みんな、でてるよ、笑顔で。

よかったね。


なにが起こっても、悲劇的でも、誰も責任を取らない日本社会。自分たちが得てしまった地位はなにがなんでも捨てないのだ。
海外組みなら、お金になると、後押しする業界の人たち。生活かかっているから、仕方がないけれど。

結局、無茶苦茶やっても安泰だ。

なにをやっても、安寧だ。

好感度さえ得られれば、それでくっていける。


(サントスの会見がない。なぜ?)

もうたくさんだよ。うんざりで、嫌悪感さえ感じてきた。

やっぱ、もう、見ない。スポーツは娯楽であって、不愉快な気持ちを味わうためのものではないもの。
人間関係が悪かったのは、知っていた。でもどこでも人間関係は悪いよ。
人間関係最高の職場なんて1つも経験したことないよ。

こんなことが敗因かい?そんなことさえも敗因の1つの間違えだろう。

生活を、日本のサッカーを見なかったころに戻さなくては。
尊敬できない人間を応援なんて、不可能だ。
コメント

敗因と 2

2006年12月24日 17時23分46秒 | サッカー評論
敗因と、を読んで、思いついたこと。




「敗因と」金子 達仁、戸塚 啓、木崎 伸也著。光文社


1。TV観戦サッカーファンとして、近年の欧州サッカー市場への資本流入と競争の激化と試合の戦術的発展はめざましいものがあるが、Jリークは相対的にむしろ退化しているように率直に言って思える。

2。国内組と欧州組といわれる選手では、たぶん肌で感じているサッカースキルに対する切迫感はかなりの温度差があったと思われる。

3。上記理由で、意見の齟齬がでる可能性は高まっていた。

4。ジーコ監督は戦術を選手に丸投げした。(ブラジル流というわけでもないそうだ)恐るべき事態下でチーム作りは進んでいた。

5。ジーコ監督は、レギュラーメンバーと控えメンバーを固定した。レギュラーである選手の選考基準に疑問点があったために、控え組みは納得がいかず、その2組にも亀裂がはいった。また、選手選考に、スポンサード側の商業的な意見の影が垣間見えた。ここに心理マネージメントの欠如がみられる。

6。選手が若く、子供で、自らの不満不平や嫉妬心を率直に態度に表し、チームスピリットは崩壊した。

中田が有名選手であること、マスコミの注目度が格段に高かったこと、また、怪我で長期離脱した後、復調途中状態でもレギュラーとして採用されたことにチームメイトの反感した上に、言説を濁さずストレートに意見していた、また、最後の試合の印象が強烈であったこと、が原因でどうしても中田に焦点が絞られがちなのだけれど、そこに絞ると実は根本原因はかすむ。むしろこの本を読んだときに、かすませるのが目的か?と疑った。

監督不在。監督のマネージメント能力の欠如。ワールドカップという、名誉や、巨大なお金が動くプロジェクトに対しての選手の無責任さと幼稚さ。最大の責任は、この監督を採用したものの責任。

選手の幼稚さは日本人について考えさせてくれるところ。それは自分自身にも痛いほど突き刺さる。
選手のみんな、それでも個人個人はみんな大好きだよ、今でも。性格悪いとかいう人もいるけれど、人間みんな、そういう面もあって人間だと私は思う。
どうか今回の失敗を教訓に、どんどん飛躍してほしい。それができると今でも信じているし、世間の悪口なんて気にしないで欲しい。

でも、サッカーは嗜好品であるから、それを嗜好しなくなった消費者の自由は、認めてほしい。一度失われた消費者の信頼を再度勝ち得るのは、とても難しいものなのです。選手は人気商売で、やはり格好よくないと。
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敗因と

2006年12月20日 01時38分37秒 | サッカー評論
敗因とを読んで



「敗因と」金子 達仁、戸塚 啓、木崎 伸也著。光文社

金子達仁さん、戸塚啓さん、木崎伸也さん共著の「敗因と」(光文社)を拝読しました。読んでいて、選手のことが気の毒に思えるくらい、内部でのなさけないもめかた、器の小さい悪口が掲載されています。それを「あえて」掲載したというのは、腹は立つけれど、最大の憎まれ役をかって鏡になろうとしたのかもしれないなと思います。
金子氏達は、「ここに映っているなさけない子供たちは誰?もうやめようよ、こんな体たらく」とみんなに問いかけているのかもしれません。

でもね、正直、こんなこったろうって思ってた。どうにもラインの上げ下げでもめるというあほくさいことをやっているし、(とっととおりあいつけないと。)3バックだ4バックだってらしくないばかな議論がプロ選手からもれてきていたので、耳を疑っていたけれど、どうせこのレベルでまたまた亀裂がチームにまたはしったんだろうって思っていました。
なにせジーコは戦術を提示するタイプではないし、ブラジル人なので、戦術をきっちりつめるというのはあまり得意ではないことはわかっていたので、まとまらないだうし、これは最悪だなぁっておもっていました。ジーコをつかったことの当然の帰結かも。名選手で大変な人格者だけれど、プロの監督ではないもの。

ひでは欧州標準では正しい。でもディフェンダーはJリーグ(アジア)での経験しかなく、しらねぇ、できねぇぜったいって思っていたのではないでしょうか。でもひでは高いレベルを求める。日本のディフェンスは堅守は無理なので、やはり点を取る必要がある。だからラインは前半安全な点を稼ぐまではあげなくてはいけない。点をとらないと、勝てない。
でもツネさんはできるスキルで回答する。でも、低いラインで守備ができるイタリア代表、チェルシーなどのチームは、ものすごく訓練されて極めてフィジカルの強いタイプのディフェンダーでないと勤まらない、世界レベルでは。あれは難しいし高度だと思う。それをするタイプのチームは、きっちり戦術を守備的に固めるタイプでないと。

それに、バルサや往時のマドリーみたいにハーフウェイまであげるのが無茶でも、せめて、ヘディングで決められない程度までは最低限上げる必要はあったと思う。延々どん引きではもたない。どん引きになってしまったら、中盤も下がってカウンターを狙うしかない。でもそれができていなかった。一点を守るなんて、できない。オーストラリア戦では、ひではそういう意味であげて欲しかったのだと思う。あといってんとるまで、高く。攻め込まれても、せめて、ヘディングできない程度に。ツネさんのよさを生かすチャンスが少なくなっていた。つらかっただろうな。

ひでさんも言い方が強かったんだろう。それは本当にいけない欠点だと思う。私なら頭に血が上ってぶん殴って張り倒していたかもしれない。

ひでは怪我で苦しんで、その後も、最もよかったころのプレーにはなかなか回復しなくて随分苦しんだと思う。チームメイトにまで終わったなんて思われたのなら、伝わっただろう。でも自分の調子がなかなかいい風にいかないのはひでが一番知っていて、一番苦しんでいたのではないだろうか。そんな苦しみを背負った人に、終わったという言い方ができるなんて、なんて人間の嫉妬というのはなんて醜く恐ろしいのだろう。

でも人間はそんなものなんだ。私だって、いや、私ならもっと醜くおぞましい嫉妬をしたかもしれない。それほどひではマスコミの中でファンの中で輝き、サッカーの才能は飛びぬけて秀でていたから。
たとえ、キックの精度が落ちても、時に決定的に集中力が落ちる瞬間があっても、ゲームを読む力はそれを補おうと極めてさえていた。でもそれを共有できる人がいなかった。舞台が世界だったので、欧州や南米のことを一番知っている選手に傾聴するのが確率的には一番現状にあった答えが導き出せたのではないだろうか。たとえその選手がピークをすぎていても、経験は生かさないといけない。でも日本人にとって最も貴重な財産である彼の経験を生かすことを自らこばんだあの日本代表には未来はなかった。生かしたら勝てたのかというと、どちらかというと正直負けていたと思う。でも、サポーターが傷つくようなみっともない負け方ではなかったと思う。

日本人は、誰が悪いわけではないって、しようがないってすぐ言う。でもそれがたまらずいやだ。いつもそうやってあがったと思ったらめそめそ、だらだら奈落へ落ちていく。

嫉妬はしても、プロらしく仕事を遂行するのが美徳だと思っていた。それは、ありもしない理想なのかな。ビジネスの世界でこんなことで何百億のプロジェクトがつぶれたら、それこそ大責任問題だ。小さい仕事ではこういうこともありだろうけれど、ワールドカップは日本国を背負っていのに、責任の重さも感じないほど子供だったのか。

なんか、、、、本当にいやだ。小さい。あまりにも、矮小だ。情けなくて涙が出る。自分たちの姿がそのまま鏡に映っているじゃない。今のいじめは、ここだよ。ここにちゃんと映っているよ。職場のうつ病も、ここにちゃんと映っている。醜い、器の小さい、自己愛に満ちた自画像。

サッカー選手は、巨額な報酬をもらっている。尊敬されている。でもそれは、職業人としてもっともプロらしく生きていなくてはいけない実力の世界で生きているからではないだろうか。プロ中のプロとしてその報酬をもらっているからではないだろうか。それなのに、ものすごく幼稚なレベルでもめている。
サッカー観も。。。世界の潮流から遅れたままだ。。。。それで大丈夫?そんなレベルで大丈夫かい?頭ごなしに今まで培ってきたサッカー観を否定されたら傷が付くダウけれど、自らのサッカー観に自信があるのならば、理路整然と反論すればいい。気の強さで負けるなら勝てばいい。言い方が鋭いのならば、百倍の皮肉でかえしてやればいい。負けないのが仕事なのに。

ボールを扱うのがうまいだけでプロになってしまう。戦術眼なんていきあたりばったり世界のセオリーなんて関係ないでは、世界は永遠に手に届かない。別に届かなくてもいいけれど。ドーハのとき、冷血人間と非難された人間が、自分でも驚くほど一生懸命応援するようになったけれど、ばかばかしいや、とてもプロとは思えないよ。
あなたたちの人生であなたたちの試合だから、勝手にやってちょうだい。そのかわり、仕事を貫徹する覚悟ないなら日本っていう名前を無断使用して傷つけないでほしい。

選手のみんなは大好きだけれど、サッカー選手としては尊敬できない。こんな涙が出るほど悲しい心の亀裂はないよ。日本代表を応援して心にもらったのは、心に激痛をもたらすスクリプトだった。



中田英寿誇り  小松 成美著(幻冬舎)
コメント (1)

もう、いっか

2006年11月02日 00時30分05秒 | サッカー評論
上に吸い取られるお金が増えれば増えるほど、ファンは負担は増えるし
選手のスケジュールは増えて、いい試合は見られなくなり、選手も怪我
したりするね。

FIFA

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 電通

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放送局・マスコミ・企業

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サッカーバカ

も、見なくていいかな。ひでも引退したし。ここで4年間くらい、サッカー抜きで生活してみようっと。

映画と音楽の生活に戻るぞ!(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!
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