マインドフル・プラネット

北米ジャーナリスト、エリコ・ロウ発

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ブログ交流も他生の縁

2008年02月12日 | Weblog
 ローランドの王様、コメントありがとうございました。
物書きにとっては、本を読んで下さった方からのこうしたご連絡は何よりの励みになります。発行部数も、それは売れるにこしたことはないけれど、私がこれまで学んだことを誠意をこめて書いたことが、たったひとりでも、誰かの何かのインスピレーションになれば、それだけでも報われたような気がします。

 王様のコメントは私に大切なことを思い出させてもくれました。
クリスマスイブの夜にずっと以前に亡くなった叔父の夢をみたことを、その息子である従兄弟に伝えなければ、と思いつつ、すっかり忘れていたのです。
叔父の夢を見て朝、目を覚まし、私はその日が叔父の命日であったことに気づき愕然としました。
 私の叔父は私が20歳のとき亡くなりました。子供の頃から私は、この叔父のことを親戚中でいちばんハンサムで好人物と思っていましたが、ずっと結核持ちで、時々血を吐いて倒れる叔父は子供にとっては不気味な存在でもあり、「おじさんの結核はうつらないから」としょっちゅう叔父の家に私を引っ張って行く母を恨み、意固地になって叔父の家に入るのを拒否して母が中で茶飲み話をしている間中、玄関に立っていたことさえありました。それでも叔父は気にした様子はみせず、いつもやさしい人でした。「大人」になるにあたり、そうした自分の態度を反省した私は、成人式の日には晴れ着を着て、ひとりで叔父さんの家に挨拶に行き、公式にお詫びをしよう、と思っていました、その矢先に叔父は亡くなってしまったのです。
 しかも、叔父が倒れ亡くなったクリスマスイブの夜には、私は大学の友人達と早朝までディスコで遊んでいて、朝になって家に「クリスマスケーキ買ってかえろうか?」と聞くつもりでのんきな電話をして、私からの連絡を待つために家に残っていた父に、叔父が急死し、母も親戚ももうみんな叔父宅に集まっているのだと告げられたのです。当時の流行だった淡いピンクのパンタロン・スーツを着たまま叔父宅に直行した私は、「えりちゃん、よく来たね」と迎えられ、なぜか、まず、茶の間に座らされお味噌汁を飲まされたのですが、喪服の親戚たちのなかでは文字通り浮き立っていて、最後の最後まで叔父不孝をしてしまったと、私は罪の意識は、しっかり私に心のなかに定着することになりました。
 「上手な死に方、死なせ方」を書いている間には、当然そうしたことも思い出され、あらためて心の中で叔父に謝ったりはしていたのですが、その後、引っ越しや日常生活の雑事にかまけ、叔父は私の健在意識からは消えていて、クリスマスにまた叔父の命日が巡ってくることはすっかり忘れていました。
 もちろん、罪の意識を抱えた私の潜在意識が、夢をみさせた、と考えることもできますが、私は、夢は叔父からのメッセージであったと思いました。私の気持ちは伝わっていることも叔父は夢で知らせてくれたのだのだと。そして、叔父は、叔父の家族に、叔父の魂がどこか別の次元で元気にしている、ということを伝えてくれ、ということなのだ、と。
 とはいえ、海外暮らしの長い私は従兄弟とも叔母とも疎遠のまま。彼らの死生観も分からないのに、いきなり、叔父さんの霊が・・などと連絡もしずらく、どう連絡したものか、と思い悩んでいるうちに、ぽろっと忘れてしまったのです。
 すべての偶然は必然、袖ふれあうは他生の縁。というわけで、王様のメッセージは叔父さんリンクを通じた天からの授かりものかもしれません。そういう意味でも王様、王様の叔父様、ありがとうございました。
 死者との交信で有名な超能力者のジョン・エドワード(政治家とは別人)によれば、死を経て人の魂は格をあげ人徳を増すので、亡くなった人の方は生前の恨み辛みは超越しているものの、この世に残された側は、後悔や罪の意識を抱えがち。
彼が、いつも言うように、皆さん、「チャネラーなどに頼る必要がないように、生きているうちに、しっかり愛する人とコミュニケートし、愛を伝えましょう」。

 この世を卒業されたすべての叔父さんのご冥福をお祈りいたします。



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2 コメント

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メッセージありがとう御座います! (バードランドの王様)
2008-02-13 00:13:40
叔父が亡くなってから私は夜ベッドルームに入る時、「今夜は叔父が夢に出て来るかな」と毎晩思うようになりました。朝起きるとそのことは忘れています。
また夜が来ると叔父のことを思い出していますが、叔父はまだ夢に現れません。
今朝の出勤途中の満員電車の中でエリコさんの本を読み進みました。レイキのところです。私はバリ島でレイキの先生から2度学んだことがあります。一応私も手の平からレイキを出せるようにしてもらったのですが、怠け者の私には大きなパワーは出ないようです。

エリコさんからお返事を頂いたので白状すると、私はあなたと話したことはないけれど、校門から桜並木の続く校舎の廊下ですれ違っていただろう者です。卒業アルバムを見たらあなたの顔には見覚えがありました。。。
何十年も後に、こうして本を通してインスパイアを得たことに感謝しています。
Unknown (エリコ)
2008-02-15 01:55:40
ということは王様とは高校の同窓生ですね。あの桜並木、きれいでしたよね。まずいうどんとか、イモ・ジュース(と私たちは呼んでいた)安いソーダを売る校門前の駄菓子やとか。オルグに来た大学生が残した壁のスローガンとか。日教組の集会があると授業がなくなるのでうれしかったり。そうそう、冬には大根畑の間をマラソンさせられましたよね。昭和でしたよね。懐かしいですね。

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