マインドフル・プラネット

北米ジャーナリスト、エリコ・ロウ発

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にゃんとも不可解なネコ・ポリシー

2005年04月30日 | Weblog
 カモ騒動がおさまったと思ったら、こんどはネコ談義である。蛙の交尾で夜が騒がしく、鳥の囀りで朝がやかましいほどになる春先になると、毎年蒸し返されてきた、ネコの放し飼いの是非。ペット・ポリシーはこのエコビレッジのオープン以来、過去10年の間、「何度も討議されながら、何も決まらない」というおきまりのパターンできたが、なぜか、昨日になって、「野鳥の繁殖期につき、自然保護の観点から、新たに放し飼いネコを飼うのは当分の間、禁止。ただし、購入や賃貸で最近入居した放し飼いネコは規制除外」という、訳の分からない回覧メールが届いた。ネコの放し飼い一斉禁止ではなく、放し飼いネコを飼うことの禁止。なら、すでにいるネコの頓出は良いのか?
 そもそもネコの放し飼い問題が再燃したのは、最近入居した数家族が、「ネコの放し飼いは周囲への迷惑と自然保護を考慮して、極力避ける」というこれまでの不文律であった紳士淑女協定を無視して、ネコの放し飼いを始めたからなのに、問題の当人たちである彼らは規制除外。なんのための規制だが、まったく意味不明なのである。
 このネコ・ポリシーは、理想は掲げるものの個人の利権との衝突で結論に到達しそこなうか常識を疑うようなおかしな妥協作に落ち着きがちなエコビレッジ流草の根民主主義の典型例。すべてにコンセンサスによる解決をめざすが、ミーティングに出席するのは、その問題に特に関心がある住民のみ。今回も最近放し飼いネコを連れて越したジョディーの声高な主張の結果であることは明らかだ。彼女はネコ恐怖症のゲールからネコと外に出さないでくれと頼まれ、「ネコ・フレンドリーだと聞いて越してきたのだ。ネコは私にとっては家族。放し飼いにできないことを知っていたら、ここに家を買いはしなかった」とゴネていたが、ソレは嘘八百である。入居前「審査」のミーティングで、ネコはずっと議論の対象だと説明されたし、私などは彼女に面と向かって、夫がひどいネコアレルギーだし庭では食用薬用植物を栽培しているから、放し飼いは困るとはっきり言ってあったのだ。
 ゲールは最初は「この村は化学物質過敏症の人のために香水や香料いりのクリーナーまですべて禁止にしたのだが、ネコに近づかれると血圧があがるネコ恐怖症はりっぱな健康障害。その配慮も当然のはず」とネコ放し飼い反対を主張していたが、ここの住民の半数がネコを飼っているせいか、大きなバックアップは得られず、ゲールは「私が家つき人間になるしかない」と諦めた。最近もAnimal rightsは人権よりも強し・・
 以前は我が家もネコ世帯に囲まれていた。しかも、ネコという種族はそもそもあまのじゃくなのか、それとも私たちの住んでいる家がまたたび臭でも放っているか、隣のネコは外抜け出すチャンスがあるや、ウチにやってきて、開けてくれと玄関のドアを引っ掻いていたり、2階のベランダから家の中にまで侵入しようとする。姿が見えないと思えば、ウチの庭のハーブ畑で昼寝をしている、といった具合だった。
 夏の盛りに窓も開けられないのは不便極まるので、その時には、業を煮やして、ネコの飼い主のジュリアとロッドに事情を説明し、対策会議を開いたのだが、
中庭のピクニックテーブルで話している途中で、ジュリアがゆらゆら揺れだし、目は開いたまま機能停止してしまった。電池が切れたロボットみたいに。知らずにいたのだが、ジュリアはテンカン持ちでその発作が起きたのだった。口論でも議論でもなく、それは穏やかに話していたのに。彼女の肩をやさしく抱いたロッドは、あっけにとられている私たちに向かって、「よくあることだから大丈夫。あと数分で元に戻る」と言った。実際、ジュリアは数分には、ちょっと散歩に出かけた魂が帰ってきたようにすっと意識を取り戻した。が、なんだか、こちらはネジ巻き人形のような人生を生きているジュリアにネコのことで文句をいう気も失せてしまった。しかも、それから数週間後に当のネコはネコのエイズとやらで、あっという間に死んでしまった。短い彼の生涯を制限するようなことを言ってしまって可愛そうなことをした、とさらに心苦しい思いをする結果となったのだ。
 ちなみに、ジュリアはその後、より大きな家を造りたいと、エコビレッジの中にできた第二次住宅群に引っ越したのだが、2年前のクリスマスの直前に、家族が出払っているときに階段でテンカンの発作を起こして転落。帰ってきたロッドに無意識で頭から血を流して倒れているところを発見された。近くの病院では手に負えないとペンシルバニアの病院にヘリ輸送され、緊急手術で、脳外科医から「17年の手術歴で一番大きな」こぶし大の血塊を摘出され、当初は危篤でそのままベジタブル化とみられたが、エコビレッジの住民たちの「お祈り」も効いてか、翌日には意識も回復、2週間後には退院という奇跡的な回復をみせた。長い意識を集中できな、めまいがする、といった後遺症はあるものの頭はしっかりして体も不自由がないし、何よりもその後、いちどもテンカンの発作は起こしていない。
 実は「お祈り」を住民に提案したのは私である。宗教の種類にはかかわらず、他人からの「回復への祈り」が人の病気や怪我の回復にもたらす効果は、有名医大の臨床実験でも実証されているのだ。もちらんそのメカニズムは現代科学では分からず、実証といっても統計学的実証だが、効かなかったところで副作用もなかろう、と臨床研究データも添付して、回覧メールを送った。そういう話にはエコビレッジの住民はすぐのってくるので、時間を決め、共同食堂に集まるか、または自宅からの参加で、ジュリアの回復を祈ることになったのだ。
 言い出しっぺの癖に集団アレルギーの私は「祈りの会」には行かなかったが、その後、祈りの会はビレッジの定例になっている。
 


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