奥永さつき

日々のできごとをそこはかとなくつづります。

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川内原発再稼働

2015-08-11 20:47:52 | 日記
やっと動きだしました。野党のコメントはめちゃくちゃ。
枝野は首相が夏休みを取っているのがお気に召さないようだ。政府の責任で動かすと言っているし、規制委員会の審査を経ているのだから、現場を信頼してのことだ。総理がしゃしゃり出て失敗したことをもう御忘れのようだ。
で、その元首相。何しに行ったの?

左翼新聞も酷いものだ。
毎日新聞は大手原発メーカーに少しだけ席を置いただけの、安全工学も理解できていない人を登場させる始末。

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熱中症かな

2015-08-05 20:40:37 | 日記
連日の猛暑日で大変ですね。

それで、参院平和安全法制特別委員会での民主党の白真勲
「毎日暑い中、電力不足との言葉を聞かない。だが、政府は原発を再稼働しようとしている」「安倍政権はわが国独自の核抑止力を持ちたいのか」
武器・弾薬について「危なくないところで運ぶなら、自衛隊が行かなくていい。民間会社が行けばいい」と提案した。(産経ニュース)


白は、安保関連法案で核弾頭の輸送が法文上は排除されていないことを声高に批判した。白の後に質問に立った藤末建三も「法律に書いていなければ輸送できるではないか」と述べ、政府を批判した。(産経ニュース)

民主党の枝野幸男幹事長は5日の記者会見で、自民党若手議員が、安全保障関連法案への反対デモを行っている学生を「利己的」などと批判したことを踏まえ、「安倍晋三内閣が取り戻そうとしている日本は、昭和10年代の日本だということがはっきりした。圧倒的多数の国民の期待は全く違っている」と批判した。(産経ニュース)

阿保らしくて(正気の沙汰ではないから)、突っ込む気にもなれない。
民主党議員の方々は「熱中症」に罹ったのでしょう。
身体を冷やすことをお勧めします。

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憲法守って国民護れず

2015-08-04 21:42:32 | 日記
秋田市で4日に行われた北朝鮮による拉致被害者家族会の街頭活動中、隣で活動していた安全保障関連法案に反対する社民党系組織のメンバーが「拉致より憲法だ」と発言し、家族会が反発する一幕があった。(産経ニュース)

国家の第一使命は国民の命を護ることです。
北朝鮮による日本人拉致。
日本ではなく米国だったらどうでしょう。特殊部隊を派遣して同胞を救助するでしょう。
いや、それ以前に、拉致されていないのではないでしょうか。
憲法の制約で武力的解決は出来ない。そんな憲法が果たして憲法たり得るのか。

左翼は、右翼もそうですが、「イデオロギー」が優先するから「本質」が見えない。「本末転倒」なのです。
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感情的な日本人

2015-08-04 21:18:46 | 日記
何とも感情だけが優先する日本です。
これで大丈夫なのでしょうか。

自民党の武藤貴也衆院議員が、国会前などで安全保障関連法案反対のデモ活動を行う学生団体「SEALDs(シールズ)」について「彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく」とツイッターに書き込んだそうです。

プロでしかできない「現代戦」に、SEALDsのお坊ちゃんたちが駆り出されるはずはありません。そういうことがわかっているのか、多分わかっているのでしょうが、「戦争に行きたくない」と主張したところで、現実味はなく、「ためにする議論」の域を出ない訳です。
そんな他愛もない主張に「利己主義」だと批判する自民党議員も、これまた合理を外れた「懐古趣味」でしかありません。戦前ではないのですから。

その自民党議員を批判する民主党の枝野や細野というのも、これまた、「感情には感情で」でしょうか。

なんとも情けない限りです。
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「戦後」を終わらせるためには

2015-08-02 21:33:16 | 日記
70年経っても、「戦後」は終わっていません。
何故なのか?

保守派は言うでしょう。
国際法に反した極東裁判の判決を受け入れて主権回復し、これも国際法違反の占領国による「日本国憲法」の押し付けがあったからだ。だから、今の安倍政権が憲法解釈を変えようが本質的には大きく変わらず、自主憲法を制定しなければ、「戦後」は終わらない。

左翼はどうでしょう。
いまだに米軍基地があるのだし、沖縄から米軍は出て行けと叫んでいるのですから、この人たちにとっても「戦後」は終わっていないのでしょう。米国軍隊が撤退すれば、「戦後」は終わるのでしょうか。
ところが不思議なことに、米国から押し付けられた「日本国憲法」の、殊、第九条を後生大事に守ろうとしています。心の底では「米国大好き」なのでしょうか。
さらに不思議なことは、「日本国憲法」の第一章が「国民」ではなく「天皇」であることに対する違和感の声が起こらないことです。心の底では「天皇大好き」なのでしょうか。
自民党の改憲案を見ても、当然、「天皇が国家元首」。

右も左もどうやら、「天皇大好き」のようです。

でも、そのことに「戦後」が終わらない「原点」があるように思えてなりません。

極東裁判の判決を受け入れただけで、日本人自らが先の大戦の「総括」(左翼的な表現か?)をしていない。
「大日本帝国憲法」のもとでは天皇の戦争責任は問えないのかもしれない。だが、戦争に至らしめた大きな要因は「大日本帝国憲法」の不備にあったのではないかという疑問があって、その疑問に対する議論があってもよいはずです。
極東裁判に替わる日本人自身による「判決」が下されない限り、そうして、その「判決」に立って、「日本国憲法」を制定しない限り、日本の「戦後」は終わらないだろうと思います。
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