I am NOBODY! Who are YOU? ~ ぽーぽー的ACIMブログ『エセー』 ~

“ひとのフリ見て我が(ego)フリ直せ” ナマケモノ系acimerの
『NO』奇跡のコース×奇跡講座×奇跡の道なエセー

「待ち合わせは 交叉点で」音を視る 時を聴く

2020-04-01 | つぶつぶと
" We'll meet at the crossing "
" Don't go astray ".



ほそき腕 闇に沈んでゆっくりと
「月光」の譜面をひきあげてくる


                                 加藤治郎



It's point that connects
     nature and civilization.


I want to be with you now ×××






光は、おお、 光はどこだ。 欲望の燃える火で光を点そう。

燈火はあっても、 焔ひとつ燃えあがらない。 これがおまえの運命なのか、
 私の心よ。 ああ、おまえには死の方がずっとましだ。

苦難がおまえを訪れ、 知らせを伝える。 おまえのご主人さまが目を醒ましていて、
 夜の闇の中でおまえと愛の密会をしようと喚んでいるのだ。

空には雲がたちこめ、雨が止むまもない。
 私の身のうちにうごめいているのは何だろう。 どういう意味だろう。

たちまち稲妻が閃いたあと、 私の目のまえはいっそう暗くなる。 そして、私の心は
 道を手探りして、夜の音楽が私をどこに喚んでいるのか探し求める。

光は、 おお、 光はどこだ。 欲望の燃える火で点そう。 雷が鳴り、空間を貫いて風が
 叫びながら突進する。 夜は黒石のように真黒だ。 闇のなかで空しく時を過ごすな。
   おまえの命で愛の燈火を点せ。


                  タゴール 「ギーターンジャリ(英語本による散文訳)」 渡辺照宏訳


Sylvie Guillem Two (Rise and Fall)


年度のおわり
思ってもみない いろんなことが 起き

ソコに呼応するエセーを描いては 消し、
描いて描いて 描きなおして みえてくる 

この無意味な あだ事で示される 私のある感触

・・・・・・まちがいなく コレが

誰かに伝わるものだと 私は
今までヨク 考えたことはありません。

ココでわかるワケがない・・・・・・・・・・・って 思ってる。

↑ この言葉のもつ含みや拡がりをかんじず
スルーされるかたが ほとんどでしょう

 ココだモノ(笑) ワカッちゃイルけど。笑


このブログを立ち上げた始めの頃の
エセー『(痛み)のつぶつぶ。』で

“ 他人が痛いということの
  意味がわからない ”


・・・と  真剣に真摯に
この如何体を 問い続けたあるかたと

世界的有名なミュージシャンとの対話集を
さいきん 忙しい合間をぬって すこしづつ読んでいます。

他人の痛みがわかる、 わからない
と みな よくいいます。

けれど、 このことを よく考えて観ますと

(他人の痛みがわかる、わからない)自体

非常に 不可思議 なあり方を しているのだけれど

ほんとうに 何なんでしょう これって
視れば見るほど 困惑する事体ですけど (笑)


私たちは この(他人の痛みがわかる、わからない)を
当然の事態・・・・・として

相手と受け答えをしている、できているんですよね。

ここをよく視ると

   他人の痛みがわかる、 〇 だ、
   だから 〇〇〇を する / しない。

   他人の痛みがわからない、× だ、 
   だから ××× を する / しない。

↑ こういう思いや考えの道すじ↑ が 自動的に・・・・
成り立っているようね。


たいてい ものごとの〇× 、是非に目が行きがちだけど
ここって盲点になっているわよ?!

果たして この思考回路みたいなの なぜ有るんでしょう?
ほかのひとにも 自分と同じように 有るものなのかな?

そういうのが完璧に解かる「私」かしら?

この問いを 真理だ真実だとされているモノを用いず
神様だとか超越的存在で誤魔化すことなく

精確に ただしく 私や貴方は
答えることのできる「私」でしょうか?



【bongo cat and friends】 M e o wマタにゃん。笑


それを知らず、

自分の言葉が 他人を傷つけるだとか
他人の言葉で 自分が傷つけられるとか ナニだか

安易 に出来ませんよ (笑)

この言動のソコには
盲目的に信じられているモノ、

従っているというか
従わされているといっていい「何か」があるもの。笑

その「何か」たださずに
何がわかるのか、 わかってもらえるか・・・ 

此処によくいる 
わからせよう、 わかってもらいたい
ジブンに甘い ひとたちの言葉は 

何故だか ミニクイと私は感じております。

“ 他人が痛いということの
  意味が わからない・・・・・


といった ひとの気持ちが
ありありと わかる・・・この不思議

この深遠で 不可解な謎に
ひとはあまりにも 馴れ過ぎてるわね。

私はね、
その謎が識りたい 解かりたいんです。

だからACIMのようなスピや
形而上的な教えや学びを こうして続けておりますのよ。


答は ここだと生命が呻く
誰か識らない「あなた」に 私は 逢いたいから。



               


君 新た新のすがたして 来ませ 生命に
来ませ に 色に 来ませ 歌に

   来ませ 身に 鼓動の触れあひに
   来ませ 心の甘露のゑみ
   来ませ 見惚るる両の眼に
   君 新た新たのすがたして 来ませ 生命いのち

来ませ 来ませ 浄く 輝くしき君
来ませ 麗し 慕わし しづけき君
来ませ 来ませ 種種くさぐさの営みに

   来ませ 苦楽に 来ませほねみ
   来ませ 常常 すべてのわざ
   来ませ なべての業のきはみ
   君 新た新の相して 来ませ 生命に



               タゴール 「ギーターンジャリ(ベンガル語本による韻文訳)」 渡辺照宏訳



It's 7 at Night in Tokyo


It's 7 pm in Tokyo
The city shines that it seems like a lie
As I'm so alone, I want to meet you
It's 7 pm in Tokyo
I really love you
As I'm so alone, I want to meet you.




週末 夜の7時 トーキョーで またお会いしましょう(たぶんー。笑)


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