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 生物が異なった環境に移されて、次第にその環境に適応するような性質に変わることを「馴化(じゅんか、順化)」といいます。ウイルスを生物と呼ぶには疑問のあるところですが、インフルエンザウイルスは発育鶏卵(孵化鶏卵)内での増殖能力が低いため、ワクチン株に使用するには長期間にわたって、発育鶏卵での継代培養を続けて、「馴化」させなければなりません。

 日本での現在のインフルエンザワクチンは、ワクチン製造用のインフルエンザウイルスを「発育鶏卵(孵化鶏卵、有精卵が孵化するまでの発育過程の鶏卵)」に接種して増殖させ、漿尿液から精製・濃縮したウイルスをエーテルなどの脂溶性溶剤を加えて、免疫防御に関与する部分を取り出し(「成分ワクチン」)、更にホルマリンで不活化したものです(死滅させた病原体を含む「不活化ワクチン」で、弱毒化してあるが生存している病原体を含む「生ワクチン」とは異なる)。



(参考) 「人獣共通感染症と「豚インフルエンザ」、「鳥インフルエンザ」」

 ワクチン株を卵に馴化させる過程で抗原性が変異するということが起こります。ワクチンの元となった株(野生株)と、そのシーズンの流行株が一致したとしても、抗原性変異が起こってしまった製造株でワクチンが作られたとすると、ワクチンの効果が期待通りにはいかないことになります。2012/2013シーズンの季節性インフルエンザワクチンでは、A/Victoria/361/2011(H3N2)という株が製造株に使われていました。しかし、この株は「卵馴化(たまごじゅんか)」による抗原性の変異が大きかったため、このワクチンでの防御効果は低下していたようで、この結果、このシーズンのワクチンは効かなかったという評価が出てくることになりました。

 国立感染症研究所の「病原微生物検出情報 (IASR)2013年11月号」 の「平成25年度(2013/14シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」という記事では、「2012/13インフルエンザシーズンは、A(H3N2)ウイルスが国内や多くの諸外国で流行の主流であった。このシーズンは、ワクチン効果が低かったと国内外から批判が出ているが、これはウイルス流行予測に基づくワクチン株の選定の問題ではなく、ワクチン株の卵馴化による抗原変異がワクチン効果を低下させていることが原因となっている。」と述べられています。

 流行株が抗原性変異を起こす。 ⇒ インフルエンザワクチンの効果が期待できない。

 製造株が抗原性変異を起こしていた。 ⇒ インフルエンザワクチンの効果が期待できない。


(参考) 「ワクチンが充分には効かない「抗原性変異」と「赤血球凝集抑制試験」と、、、

 生体内に「抗原(antigen(アンチゲン)、例えばウイルス)」が侵入したとき、それに対応して生成され、その抗原に対してのみ反応する蛋白質を「抗体(antibody(アンチボディ))」といいます。抗体が抗原に結合すると、白血球やマクロファージといった食細胞がその抗原と抗体の複合体を認識できるようになり、貪食して体内から除去することになります。

(参考) 「季節性インフルエンザの免疫を持っていれば、重篤化しないのか?

 抗原が姿を少し変えると、生体がそれを抗原と認識し、抗体を生成するようになるのに時間がかかって、その増殖を許してしまうということが起こります。ウイルスが増殖のために細胞を破壊していくのを阻止できない状態が一定期間続くのです。抗原と認識できないほどに変化が起こっていることを、「抗原性変異」といいます。

 喩えてみましょう。町があります。多くの人が流入し、そして流出して行きます。その中には町に損害を与える犯罪者も混じっています。町の治安は警察組織が守っています。その町での犯罪歴がある人物は、警察官はたちどころに認識できます。また他所の町で犯罪歴のある人物は指名手配写真が配られています。指名手配犯が整形手術を受けて町へ入ってきます。警察官は認識できません。町に損害が出始めて初めて犯罪者と認識することになります。

 警察官が犯罪者をそれと認識できないのには、警察官に配られる指名手配写真の作成に失敗してしまって、本人とかなり違ってしまっている場合もあります。卵馴化が原因となります。例えば、インフルエンザA型(H3N2)ウイルスのHA遺伝子のアミノ酸配列の156位で、「ヒスチジン (histidine、His、H)」が「アルギニン (arginine、Arg、R)」に置換されたり、194位で「ロイシン (leucine、Leu、L)」が「プロリン(proline、Pro、P)」に置換されるといったことが卵馴化で起こるようです。その人物の印象を決定する要素が異なっていると、同一の人物だとは認識されません。



 平成25年4月19日の健発0419第3号、国立感染症研究所長が厚生労働省健康局長に宛てた「平成25年度インフルエンザHAワクチン製造株の決定について」では、

 生物学的製剤基準(平成16年3月30日厚生労働省告示第155号)の規定に係る平成25年度のインフルエンザHAワクチン製造株を下記のとおり決定したので通知する。

                      記

 A型株
・・・・・A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09
・・・・・A/テキサス/50/2012(X-223)(H3N2)
 B型株
・・・・・B/マサチュセッツ/2/2012(BX-51B)


とあります。今年度からは、ワクチン株の表記が元株の野生株と区別できるようにするために製造株番号も明記されています。例えば、A(H3N2)亜型ウイルスのワクチン株は、A/Texus/50/2012という元株から増殖されたX-223という製造株に決定されたということになります。

 2012/13シーズンでインフルエンザの流行の主流は、A(H3N2)亜型インフルエンザウイルスで、国内外でインフルエンザ患者から採取され、分離された株の大半は、A/Victoria/361/2011と抗原性が類似していたようで、それならばこれを元株とした製造株(IVR-165)を2013/14シーズンのワクチン株とすればよいはずなのですが、この株は「卵馴化」の影響を強く受け、抗原性が大きく変異してしまうのだそうです。そこで、A/Victoria/361/2011に類似していて、卵馴化の影響を受けにくく抗原性が変異しにくかったA/Texus/50/2012を元株とするX-223という製造株からインフルエンザワクチンを製造することにしたわけです。

 ワクチン株をA/Texus/50/2012(X-223)に変更しても、依然として卵馴化の影響が存在するようですが、その影響はIVR-165血清では96%、X-223血清では9%(赤血球凝集抑制(HI)試験で、HI価16倍を指標にして、それ以上に変化した割合)で、抗原性変異の程度が小さかったようです。

 「平成25年度(2013/14シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」では、「現行のインフルエンザワクチンが卵で製造される限り、この問題の根本的な解決は極めて困難であり、ワクチンの製造基剤を変えるしかない。現在、国内および諸外国では培養細胞を用いたインフルエンザワクチンの製造に切り替えつつあり、これら細胞培養インフルエンザワクチンに期待したい。」と述べられています。

(参考) 「「卵アレルギー」と「細胞培養法」の新型インフルエンザワクチン

                         (この項 健人のパパ)

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コメント
 
 
 
Unknown (テツ)
2013-12-17 08:06:51
興味深く読ませていただきました。
昨シーズンもその前のシーズンもワクチンが全く効かないという話をよく聞きました。
結論からいくと、今シーズンのワクチンは効果がありそうですか?
 
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