日常のことばたち

時々落ち込むこともあるけれど、いまを生きるんだ。

6月25日 命日(14回目)

2018-06-25 22:46:02 | 妻の命日
週明けお疲れ様でした。

暑くて暑くて、まだ身体の順応期間が間に合っていないようで、お昼には気持ち悪くなり、お昼は食べらませんでした。

先日の6/23(土)に、大学友人らがお墓参りに来てくれました。

1年振り(もしくはそれ以上振り)に会う人もいて、ワイワイと楽しかったです。

みんなでお墓参りの後には、みんなでランチで、楽しい日になりました。



そして本日が本命日。

今日の仕事帰りにまたお墓へ行って、手を合わせてきました。

お線香と一度も吸ったことない煙草に火をつけて。

14年が経ちました。

14年か。

ひとりに慣れてしまったな。

ちょうど両親も、先日亡くなった叔父の葬儀に行っており、昨日から一軒家に一人です。

仕事から帰ってきて、洗濯して、お風呂入れて、お風呂入って、ご飯食べて、食器洗って、洗濯物干して、歯磨きして、テレビ見て、寝る。

14年前、妻が亡くなった後の一人暮らしを思い出しました。

ふー。



今の私は、たくさんの人のおかげで、なんとか生きながらえている。

生きている意味とか数え切れないほど考えたけど。

其の度に行き着くところは、

「まだ生きているということは、まだ死ぬ時ではないんだろう」

ということ。

生きるというのは、ある意味、死ぬより辛く苦しい。

(※死を体験したことないからわからないが)

この世は生き地獄かと思ったこともある。



それでもまだ生きているなら、まだ何かしらの役割があるんだろうな。

まだまだ続く我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?

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6月25日 命日(いかん、また泣きそう)

2017-06-25 20:59:50 | 妻の命日
昨日に続きまして、命日の本日、ひとりお墓参りに行ってきました。

お墓の前で手を合わせて、少し語らい、

「これからも見守っててくれ」

と言ってきました。

13年。

13年が経った。

よくもまあ生き伸びているものだと、感慨にふけるわけです。

13年前の今日は、私は生きながらに死んでいたから。

目に映るものに意味が無く、この世がモノクロにしか見えなかった。

ずっと覚めない悪夢を見ているようでした。

今は現実から目をそらさず、正面から受け止めて、心の何処かにその悲しみを置いて、抱いて、生きている。

独りに慣れすぎちゃって、いつも独りだと思いがちだけど、昨日みたいに友人たちが来てくれたりして、ブログでもつながりがあって、いろんな人たちに支えられてるなぁと実感するわけです。

いろんな人に支えられている恩に、報いる為にも私は生きていこうと思います。

まだまだ続く我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?
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6月25日 命日

2016-06-25 23:59:59 | 妻の命日
6月25日、12回目の命日。

大学友人たちが、お墓参りに来てくれました。

急遽、来られなくなった友人からは、お花も届き、本当にありがたいことです。

駅まで大学友人を迎えに行き、お昼過ぎにみんなでお墓参り。

来られない友人たちの分まで手を合わせて来ました。

写真を持って行きまして、墓前に立てて、それを見て、手を合わせてきました。

「若いね~」

みんなそう言うと、確かに若い。

そこには、25歳のままの妻があった。

私を含めて、大学友人たちは皆、37~38歳ぐらいだから、若く感じる。

12年も経つのか。

妻の友人たちは、そのまま私の友人たちとなった。

今でも会うと、みんなで近況を話すし、楽しい時間になる。

妻からの贈り物というわけだ。

私が引き継ぐ形で、妻の友人たちは、私の友人たちへとなった。

最高の宝物(財産)だ。

12年経って、何を思うか。

独りになって、失ったものが大きくて、多くて、途方に暮れていたけど、得たものもまた大きく、多く、なんとか生き長らえている。

悲しい気持ち、寂しい気持ち…当然ある。

でも、それを正面から受け止めて、心の傍らに置いて、なお前を見て、今を生きる。

それしかできないけど、それができること。

強くなったとは思わない。

でも、強いものとは、弱さを知っているもの。

弱さを経ていない強さは無いでしょう?



どっかで見てるなら、見守っていてくれ。

まだまだ続く我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?

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6月25日 命日

2015-06-25 22:00:54 | 妻の命日
6月25日、11回目の命日。

私用で外出してますが、忘れてません。

11年経って、何を想うか。

先週、先々週と大学友人らがお墓参りに来てくれて、

「11年か…」

と思いました。

自分自身が特別強くなったとは思えないし、悲しみが消えたとも言えない。

ただ一年ずつ歳を重ねる度に、

「成長してるのかな」

と思っている。

過去も今もいい。

だけど、未来を見よう。

大学友人はそう言ってくれた。

今更自分に未来があるとは思ってもいないが、生きるというのは、そういうことらしい。

ただ時々立ち止まって、ふと考えることも必要だ。

そしてそれができるのは、人間だけなんだ、とも思う。

11年経って、自分はどう変わったのかな。

だんだんシワも増えて、老けてきただけのようにも感じる。

だが、まだ生きてるってことは、まだ死ぬ時ではないらしい。

もう少し生きてみようか。

まだまだ続く我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?

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6月25日 あれから10年経った命日

2014-06-25 23:55:48 | 妻の命日
遅番で、23時半ごろ帰宅。

さっきご飯食べ終わったところです。

お墓参りに行けなかったけど、仏壇に手を合わせました。



10年。

子どもがいれば、10歳になってるな。

節目でもなんでもないけど、10年。

いろんなことがあったな。

毎年振り返るけど、10年経って、何か変わったかな。

何も変わってない気がする。

悲しいことに、独りに慣れた。

一人に成った。

ずいぶんと遠回りをしている。

あれから、いつも近道を試みた。

でも遠回りこそが近道だったと感じる。

大きな空から見ているとしたら、なんとも歯がゆい気持ちで、俺を見ているだろうな。

でもこれでいいんだ。

まだここからだ。

遠回りこそ、最短のルート、近道なんだ。

大学の友人たちも元気でやっているよ。

先日の22日は大学友人の結婚式だったよ。

とっても幸せそうでした。

そして大学友人勢揃い。

久しぶりの全員集合で楽しかったよ。

お説教もされたよ^^;

前を向いているから、大丈夫。だと思う・・・(笑)


俺の人生、これからどうなるかわからないけど、どっかから見守っててくれ。

まだまだ続く、我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?

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6月25日 命日

2013-06-25 20:58:12 | 妻の命日
仕事は休みました。

途中まで行ったのだけど、体調悪くて、帰って来ました。

かかりつけ医に行って、風邪と診断。

お薬もらってきました。

帰宅すると、母が、

「今日は命日だから、あとでお墓参りに行こうと思って」

と、そこで命日だと気づいた。

情けない。

今月は多くの友人らがお墓参りに来てくれたので、満足してたのかもしれない。

仕事休んでよかった。

雨がひどく降っていたのだけども、止んだ後に、改めてお墓参りに行って来ました。

亡くなってから、丸9年が経った。

9年だって。

子どもだって、9歳になってるってことだ。

体調崩しながらも、なんとか生きてます。

9年経って、何か変わったかと言われれば、正直よく分からない。

この9年、いろんなことがあった。

正しいことばかりではなかった。

ずいぶん遠回りもした。

悔いてはいないけども。

これからも遠回りをするかもしれない。

この人生、俺はいつも近道を試みた。

だが、遠回りこそが近道だった。

果たしてこれからどうなるか。

見守っててくれ。



まだまだ続く、我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?

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6月25日 命日

2012-06-25 22:32:57 | 妻の命日
何気ない一日だったぜ。

仕事に必死で。

帰ってきて、すぐに仏壇に手を合わせた。

8年。

8年が経った。

あれから8年。

25歳だった俺は、33歳になった。

俺たちに続いて、みんな結婚していったぜ。

おとといなんて、赤ちゃん見てきたぜ。

雲の切れ間の向こう側で、お前は一体何を想うか。

いつも命日は雨なんだけども、明日はめずらしく晴れるらしい。

みんながお墓参りに来てくれるんだ。

楽しみにしてろよ。



俺は大したこともなく、ただ毎日を必死で生きている。

流れ流れていつか、消えゆくとしても。

あの世とやらがあるなら、見守っててくれ。

まだまだ続く、我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?

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6月25日 命日

2011-06-26 02:46:47 | 妻の命日
6月25日。

命日。

7年が経った。

7年か。

何があったかな。

長いような、短いような。

初めは、くよくよしてたが、ここ数年はそうでもないな。

今日は大学友人らがお墓参りに来てくれた。

午前に大学サークルのメンバー。

午後に大学学部の友人たち。

先日14日にも大学学部の友人たち来てくれた。

ただ、ただ、ありがたい。

感謝。

午後の友人はたばこに火をつけてくれた。

お線香の煙といっしょに昇っていった。



「亡くなった者が望むのは、遺された者の幸せ」

だと、どっかで聞いた。

だから、背中押してくれよな。

守りたい人がいるんだ。



まだまだ続く、我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?
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6月25日 命日

2010-06-25 22:18:46 | 妻の命日
6年。

6年経った。

お墓参りに行ってきました。

手を合わせて、帰宅。

自宅の仏壇にも手を合わせました。

6年。

長いような。短いような。

もう31だぜ。

風邪ひいてるけど、元気でやってら。

何を想うか。

故人の冥福を祈るだけだ。

まだそっちには行けないから、見守っててくれ。

まだまだ続く、我が人生。

受けた恩に報いるのが、人の道ってもんだろ?
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6月25日 命日

2009-06-25 22:20:50 | 妻の命日
6月25日。

命日。

5年。

5年が経った。

今日は、髪を切って、お墓参りに行ってきました。

ここに来られない人の分まで、お線香に火をつけて、手を合わせてきました。

5年だってよ。

毎年思うんだが、俺はこの5年間で、どうなったか。

成長してるのか。

ただ歳を取っているのか。

5年か。

長いような、短いような。

25(歳)で、あいつはこの世を去った。

俺は30になった。

ま~だ生きってから、あの世とやらで見ててくれよ。



孤独に歩め 悪を成さす 求めるところは少なく 林の中の象のように



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