ウルフ「ダロウェイ夫人」(土屋政雄訳)

           


 今年の5月か6月に読書の媒体をこれまでの印刷物から基本、アマゾンのキンドルに代えて、もう長くなったのですが、まだ電子書籍化が進んでいない作者、出版社もあり、最近は揺り戻しで本とキンドルを併用しています。


 大好きな土屋政雄訳をまとめ買いして未読だった数冊があり、ヘミングウェイ「日はまた昇る」、ジェイムズ「ねじの回転」、モーム「月と六ペンス」と読んで、そしてキンドルに戻って、バージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」です。


 名作の誉れ高い作品で、かなり以前に手に取ったのですが、全く気分が合わず早々に止めたのを覚えています。今回は気分は小説モードだったので自然に入れました。


 何という自由で生き生きとした精神。これは90年前の1925年に発表された小説です。6月のロンドンのある1日、クラリッサ・ダロウェイ夫人を中心とする多くの人物の意識の移ろいを丁寧に紡いだ作品。爽やかでひたすら美しいのですが登場人物の多くは50代です。
 街の美しさ、自然の美しさ、恋の記憶、生きることの虚無感、劣等感からくる嫉妬、他人の老いを認識している自分の老いなどなど、どれも表面上はロンドンの中上流階級の生活の調和の中に納まっていますが、意識はどこまでも飛躍します。
 天真爛漫なかわいらしさから低俗な愚痴まで、人間の思い、しぐさ、行いが神々しいように表現されます。この芸術作品を何と評価していいのか、単純な言葉では収まらない多重性、魅力があります。


 土屋政雄訳を知ったのは、マイケル・オンダーチェの「イギリス人の患者」(映画「イングリッシュ・ペイシェント」の原作)ですが、全編、詩人が書いた小説を見事に翻訳しきった土屋訳の見事さ、芳醇さの再現です。素晴らしい翻訳です。


 私も長らく外国小説の気分ではなく、たまたまこの時期に巡り合いましたが、今の気分、感想だと歴代10冊に入る大傑作の印象です。読み手を選ぶと思いますが、個人的には、あやうく読まずに死ぬところだった危ない危ない、です。



 なお、本ブログ(記事)をアップするにあたり、いつもどおりアマゾンなりどこかの表紙映像を借用しようと思ったのですが、本で買った訳でもないしなあと考え、キンドルの画面を自分で撮影したものをアップしました。




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