バーンスタイン「バーバー 弦楽のためのアダージョ」


 9月11日が近づくと同時多発テロの第一報が入ってきた時、どこにいて何をしていたかが話題に上ります。
 私は出張で島根県の松江にいて飲み会の後、ホテルで寝ていました。10時頃部屋の電話で起こされ、先輩から「ニューヨークが大変なことになっているぞ。テレビをつけろ」と言われました。情報が錯綜していて、乗っ取られた航空機がまだ10機程度アメリカ上空を飛んでいるという報道がされていて、もしかしたら世界が終わりになるのではないかという恐怖を感じたのを覚えています。

 この惨劇の後にアメリカの作曲家バーバーの弦楽のためのアダージョが頻繁に演奏、ラジオから流されたそうです。ボレロのように悲痛なメロディを繰り返す心が洗われるような音楽です。バーバー本人は葬儀の際によく使われるようになったことを快く思っていなかったようですが、確かに葬式や悲劇に相応しい音楽に聞こえます。

 映画「プラトゥーン」の挿入歌にもなったので日本でも広く知られるようになったようですが私にはこの曲は何といっても「学徒援護会」でのBGMです。
 学徒援護会というのは西武新宿線の下落合にあった学生に日雇いの仕事を紹介する職安のような場所で、学生時代、お金が無くなるとよく通っていました。仕事内容、条件が書いてある紙が壁にずらっと貼ってあり、希望の仕事を申し込みます。応募者多数の場合は抽選となり、抽選結果が陳腐なランプで表示され、洩れたら条件の悪い仕事を選び直します。日雇い中心なので展示会の設営、後片付けや引越し手伝いなどに加えて工場でのラインに入る仕事もあったと思います。確か出来れば8千円/日以上の仕事を希望していて、洩れたら6千5百円/日、それでもダメな場合は5千5百円/日のアルバイトをしていました。
 そこで流れていたのが弦楽のためのアダージョです。学徒援護会に行くのはお金がなくて気分が落ち込んでいる時ですから、その時に聞かされた音楽を耳にすると以前は当時のことを思い出して気が滅入ったものです。最近、ようやく純粋に音楽として楽しめるようになりました。

 バーンスタイン指揮ロサンゼルスフィルによる演奏です。1983年のライブ演奏でバーンスタインのうなり声も入っています。バーンスタインお得意のゆったりとしたテンポで思い入れたっぷり、音楽に浸り溺れているような演奏です。有名なベートーヴェンの弦楽四重奏曲の弦楽合奏版などと印象が似ていて、もうベートーヴェン、バーバーの音楽ではなくて、バーンスタインの音楽じゃないかと思わせるところもありますが、それを超越した音楽への没頭に惹きつけられます。特に中盤以降の盛り上がりは聴いていて息もできないような時間が止まるのではないかと思わせるような緊張感と迫力があります。

 この録音も当初どのディスクで発売されたのか分からないのですが、私が聴いているのは「クラシック・イン・アメリカ」というアメリカの現代曲を集めた企画盤です。「ラプソディ・イン・ブルー」、「パリのアメリカ人」、「ウエスト・サイド・ストーリー」の他、コープランドの「アパラチアの春」、アイブズの「セントラルパーク・イン・ザ・ダーク」、「アンアンサード・クエッション」などの佳曲も含まれています。ヨーロッパの現代音楽は苦手ですが、アメリカの現代音楽(現代しかない?)は音楽の流れが自然でいいですね。



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