宮本輝「錦繍」

               

 「週刊現代」の書評で「読書といえば、年末、朝日新聞の書評欄で、書評委員が「今年の3点」を挙げていたが、各自ばらばらで、印象に残らなかった。ああいうものはある程度ベストテン的というか、ミーハーでないと、読者はとても付いていけない。もう少し紙面に戦略が欲しかった。」とあり、その通り!と評者の深草俊樹氏を喝采しました。これは日垣隆著『つながる読書術』という新書のブックレビューです。目を通したところ、付録の「読まずに死ねない厳選100冊の本!」もおトク感あり、と紹介されていました。

 その「読まずに死ねない厳選100冊」の中の一冊です。宮本輝は大好きな作家で初期の川3部作、「青が散る」、「優駿」、「私たちが好きだったこと」など読んだ本はどれも感動的、印象的な傑作揃いです。ただ、この「錦繍」は未読でした。

 離婚から10年後に偶然再会したした男と女の往復書簡。離婚の原因となった事件の真相が明らかになり、また別の道を歩んだ10年間のどちらかというと哀しい出来事が語られます。

 手紙に書き記す内容があまりに詳細であることに始めは少し違和感を覚えますが、すぐに二人の人生に魅了されてどっぷりとこの物語に浸かってしまいます。登場人物に感情移入しながら、まるで自分も関係者のような錯覚を覚えながら読み進めます。読書する喜び、さすがは宮本輝です。

 250ページの中編なのですが、最後の方は、あれあれページ減ってきたよ、もうこれで終わるのと心配になりました。宮本輝が得意とするラストにおける盛り上がりと胸を締め付ける劇的な幕切れを期待していたのかもしれませんが、この作品は余韻を残して静かに終わります。全ては語られなかったけれど、もう十分、二人には(そして途中から関係者の私にも)理解できた、そんな印象です。

 いつもながらに脇役が素晴らしい。既読の傑作では脇役と思っていた人物が途中から主役にという展開もありますが、この作品は往復書簡なので主役二人は変わらずです。浮気相手、喫茶店の店主、二人目の夫、同居の女、父親・・・エピソードが紹介されるだけなのに人物描写が鮮やかでキャラが立っているのは見事です。

 読み終わってため息。感動とはまた違う読後感ですが、大いに満足できました。

 作品の中で印象的に使われるモーツァルトの楽曲。“十六分音符の奇蹟のような名曲”39番シンフォニィではガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏を気に入っています。

             


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