向田邦子「思い出トランプ」

 向田邦子の「父の詫び状」、「思い出トランプ」、「あ・うん」、「隣りの女」を続けて読みました。「父の詫び状」はエッセイ、その他は小説です。いつか読みたいと思っていた向田作品ですが短編はあまり好きではなく後回しにしていたところ、気分が短編モードとなり一気に読んだものです。

 どの作品も印象的です。リアルで凄みがあるというか。作家の豊富な経験が作品に厚みを持たせることは当然あります。ただ、それだけで物語に説得力、納得感が生まれるわけではありません。作者の繊細な感受性が捉える人間の裸の姿。弱さ、虚栄心、矮小で冷たい心、残虐性、それでも必至に生きる人間のおかしさ、喜怒哀楽に読者が共感するのでしょう。時代は昭和、当時の情景が目に浮かばないようになってもここに出てくる日本人の心がいつまでも生き続けてほしいです。

 家族とのエピソードを連ねた「父の詫び状」が向田邦子の原風景だと思います。24編は独立していますが連作のようなものでどれも懐かしく面白いのですが特に印象に残るのは「お辞儀」でしょうか。母親が子供たちに対してみせた2回の深々としたお辞儀、腹立たしくも、かなしく当惑する感情を鮮やかに描いています。そういうエッセイ集です。

 「あ・うん」も「隣りの女」も面白く高品質の短編ばかりですが一冊挙げるとすれば「思い出トランプ」です。特に「かわうそ」、「だらだら坂」、「犬小屋」、「酸っぱい家族」、「ダウト」は秀逸です。登場人物のキャラが立ち、ストーリー、感情がくっきりと描かれていて短編小説なのにいつまでも忘れられない物語です。
 あぁ面白いなあ、そういえば自分も昔・・・と本を閉じて物思いに耽る、小説を読む喜びに浸れます。

 状況設定としては浮気、不倫、離婚が大半です。世間様のことはよく知りませんが、おそらく浮気心はあってもそこまでは足を踏み出さないことが多い(?)のではないかと思います。それを小説で疑似体験することに面白みを感じるところもあるのでしょうか。
 現代の一般的な家庭がどういう状況になっているのか想像できませんが、こういう向田作品が多くの方の共感を得られるうちはまだ正常なのかもしれません。何かとトラブルの発生する家族の他愛のない物語なのですが不思議と倫理感としては全うで懐かしい昭和のストーリーです。私のように短編はちょっとと思われている方であれば尚更お奨めの向田作品です。


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