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映画・演劇のレビュー

中島桃果子『夕日に帆をあげて、笑うは懐かしいあなた』

2010-11-22 21:05:21 | その他
 なんとも不思議な小説だ。ただの可愛いラブストーリーだろうと思い読み始めたのに、摑みどころのない幻想小説で、時空を自在に超えて自分と母親が旅をする。しかも、自分が母親になり、母親のもとにいる幼い頃の自分の中に今の自分が入り込んだり、もちろん夢の話だから、なんでもありなのだが、あまりに自在すぎて、どう読めばいいのやら、とまどうばかりだ。

 記憶の中や、妄想の中が、ごっちゃになり、301(号室)の女と呼ぶ母親のことや、彼女の人生の顛末が、自分の預かり知らないことも含めて次から次へと押し寄せてくる。光の子である「こうこ」は、まるでアリスのように不思議の国を旅することとなる。

 白い猫に誘われて、夢の世界を旅しながら、自分が生まれてきてからどんなふうに生きてきたのかということを、今の大人である視点から追体験する。幼い頃のことは、当時はわからなかったこともたくさんある。だが、今の視点から見るといろんなことが分かる。自分と同じ年頃の母親は、今の自分以上に幼い。だから、彼女のことがよくわかる、気がする。幼い頃に母を亡くし、彼女の思い出も薄れていった。今、大人になり、これから母親になる自分が抱える不安が、この旅を通して徐々にほぐされてくる。


 記憶のかなたを旅して、生まれてくることの意味を知る。母が自由奔放に生きた短い時間を追体験することを通して、まるで昔話でも聞くように、この夢の中の旅を知る。これがどこまで本当でどこからが幻想なのかなんて、どうでもいい。ただ、この心地よい感触を大事にしたい。彼女は満たされた気分で、自分の出産を迎えることだろう。新しい命を生みだすことはとてもそれが本当の出来事とは思えないくらいに不思議なことだ。この小説はそんな不思議な感触を目指して書かれたのではないか。まるで生命の誕生の瞬間に立ち会った気がする。そんな作品だ。

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