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映画・演劇のレビュー

『そして父になる』

2013-09-28 20:14:47 | 映画
 是枝裕和監督の新作。今年のカンヌ映画祭で審査委員賞を受賞した作品。当然なのだが、凄い映画だ。いつもと変わらないスタンスで家族の問題を扱う。前作『奇跡』の続編のような作品でもある。『誰も知らない』の姉妹編でもある。というか、彼の作品はいつも、つながっている。

 2組の夫婦の話だ。同じ日に同じ病院で子供を産んだ。それから6年。2組の夫婦の子供が取り違えられていたことがわかる。そこから始まる物語。こんなつらい話はない。設定を聞いた時から、見るのが怖かった。スクリーンを直視し続ける自信がない。でも、見逃すわけにはいかないし、一刻も早く自分の目で目撃したい、という思いから、先行上映で見てきた。(この手の映画で先行上映なんて珍しい。しかも、公開直前のウィークデーである。大体是枝映画がこれだけの規模で上映されるのは初めてではないか。それだけ期待されているのだろう。)

 いつも通りの映画だった。淡々としたタッチで事実を凝視する。ドキュメンタリーのようにシーン、シーンが切り取られていく。その積み重ねから、あの日から始まる彼らの生きた時間が語られる。血のつながりか、共に過ごした時間か、その選択を迫られる。お互いの家族の交流を通して、大きな意味での彼ら6人のドラマが見えてくる。

 だが、今回の映画は、中心にいる福山雅治演じる父親にクローズアップする。彼が何を考え、どういう選択をすることになるのか。その過程を描くことがテーマだ。今まで、負けなしで完璧に生きてきたエリートが、自分のミスではなく、他人のせいで危機的状況に追い込まれる。でも、彼は動じることなく、自分の正しい選択をする、はずだった。だが、この出来事を通していろんなことが破綻してくる。果たして、今までの人生も正しい生き方だったのか。その根本すら揺らぐ。妻との関係もぎくしゃくする。息子とも溝ができる。相手方の家族に対して、あからさまではないけど、見下した姿勢を取る。血のつながった息子と関係を作れない。今まで6年間育ててきた息子にも拒絶される。自分のせいではないのに、すべてが悪い方向に流れていく。

 そんな中でも、彼は泣き言なんか言わない。というか、彼には言えないのだ。今までずっと耐えて生きてきたからだ。今の彼を作ったものは、いなくなった母親との問題だ。幼いころ、どうしても生みの母親に会いたいと家出した。父が再婚した新しい母親を認めることができないまま、大人になった。今でも、不可能だ。(父親役で先日亡くなられた夏八木勲が出ている。これが、最後の雄姿だろう。彼を見ただけで涙が出てきた。)人とうまく付き合えないのだ。それは息子とでも、である。そんな彼がこの苦難をどう乗り切るのか。この映画が描くのはその一点だ。そして、その結果すべてが、落ち着くべき所に落ち着く。

 この映画は、あからさまな答えを提示するのではない。そんなこと、不可能だ。起きてしまった事実を反故にすることは出来ない。だが少しずつ時間をかけて関係を作り上げることは出来る。ハッピーエンドである、なんて誰も言わないだろう。だが、ここにある結論は尊い。人はそんなふうにして生きていく。そして、この映画のタイトルに帰ってくる。

     彼は、そして父になる。

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