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映画・演劇のレビュー

星野智幸『呪文』

2015-12-23 19:31:04 | その他

いったい何が起きているのか、とドキドキする。寂れた商店街の活性化を図るお話だったはず。だがそれは善意の人たちの団結による再生、というわけではない。なんだか不穏な空気が漂うことになる。改革の若きリーダー図領は斬新なアイデアで人々を惹きつける。しかし、なんだかおかしい。彼のやり方の強引さについていけない人たちが出てくる。昔ながらの商店を買い取り、新しい経営者を呼んできて、再建する。若い血の導入。ネットでの中傷を反対に利用して、クレーマー撃退のために、策を弄する。大胆で、強引なやり方はいびつな方向へと向かう。気持ちよく再建のための戦いを描くわけではない。ただ、なかなか彼の黒い陰謀の意味するところは明確にならないで、しかも、それがどんどん曖昧になり、最初のところから離れていく。

トルタ屋の霧生の視点から話はどんどん核心に入る。だが敵は図領ではなく、彼によって洗脳された未来系(この商店街を守るために組織されたボランティアグループ)の一部の反乱を描くことになる。結果的に彼らを霧生が扇動することになるのだが、彼が新しいヒーローとなるわけではない。集団自決事件の真相は明らかにならないまま終わるラストの不透明感はただごとではない。こんなところで終わるわけにはいかないだろ、と思うのだが問答無用で幕を閉じる。

納得はいかなし、居心地の悪い気分だけが残る。そういえば、『俺俺』の時もそうだった。収まりどころが悪すぎて、こんな終わり方でいいのか、と思った。星野智幸はわざとこの安定の悪さを突き付ける。不気味さといってもいい。お話の中心から外れたままで、終わり、おいてけぼりにされるのだ。だいたい図領は何者で、彼は何のためにこんなことをしたのか。謎のままではないか。事件の核心から大きく外れた場所で締めくくるわけでもなく、唐突に終わる。

ある種の新興宗教の話のようだけど、それが商店会の寄り合いから起こるというのが、へんてこだ。地域の活性化のために、ただのビストロの主人が立ち上がる、という話から始まり、確かにそこを足がかりにして、お話は展開している。はず、なのだ。だが、結果的にはそうではない。では、これは何だったか。それもよくわからない。そんな不穏な小説に心乱される。安部公房に近いか、でも、あんな不条理ではなく、これは日常のリアルドラマである。お話自体はなんら、不思議なことはない。図領がどうこうという次元のお話ではないのだろう。寂れた商店街の片隅から始まる大きな変動がやがてこの国を揺り動かすことになるのだろうか。そんな何かが始まる予感を描く。


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