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映画・演劇のレビュー

酔族館『ウルトラの子』

2010-11-21 22:57:19 | 演劇
 久々の酔族館の新作だ。公演スタートの1週間前(見に行く予定日の2週間前)に予約の電話をしたら、「もう、全公演完売です」と言われて驚く。彼らのアトリエでの初めての本公演。JR鴫野から10分。住宅街に中にある。

 この圧倒的な狭さが魅力だ。なんと定員25名。2週間で土日4日、4ステージ上演なので、最大100名しか見ることができない。そういうことなら、完売は当然のことだろう。見たくても見れない、という状況はなんとももどかしい。偶然キャンセルが出たため、見ることが出来た。とてもラッキーだった。

 先にも書いたがこれは1ステージにたった20名ほどしか入れないというとても贅沢な芝居だ。客席も狭いがそれ以上に舞台が狭い。アクティングエリアの圧倒的狭さにはドキドキさせられる。役者の視線が近すぎるし、客席の自分の足の数センチ先で役者が動くなんて、そのあまりの近さに興奮する。

  さて、本題である。今回の芝居はこんな感じだ。


 松田聖子から取った「せいこ」という名前を付けられた、どこにでもいる「ふつう」の女の子(青木尚子)が、周囲の人々と、うまくつきあうことが出来ず、不必要な距離感を取り、自閉していく。両親とも上手くいかず、今では実家を出て、ひとり孤独に暮らす。自分のことを、地球人ではなく宇宙人であり、ウルトラマンが自分の親だと思うようになる。だから、自分は「ウルトラの子」であり、名前は「うるこ」だ、と名乗る。

 現実を拒絶して、自分の世界にひきこもる彼女のもとに、母親(きく夏海)から宅急便が届く。そこには段ボール箱一杯のとてもひとりでは食べきれない量のじゃがいもが入っている。それをご近所さんや周囲の人たちにお裾分けすることで、他者とのコミニケーションを取って欲しいと願う母親の思いが込められているのではないか、と世話好きな宅急便の配達人(パパイア豊作)は言うのだが、彼女には、それは母親からの悪意だ、としか思えない。

 古いハイツの屋上にあるプレハブの小屋に住み、そこから遠い星を眺める。ここではない「どこか」を夢見て生きる孤独な女性の内面を現実と幻想のはざまの中で見せていく。これはとても古いタイプの芝居だ。最近ではこういうオーソドックスな昔ながらのドラマ作りをする小劇場劇団はめっきり少なくなった。老舗である酔族館が、復活して、こういう懐かしい芝居を作ってくれるのがうれしい。これをアナクロと斬り捨てるのは容易い。しかし、演劇だからこそ可能な幻想を大事にして、この小さな空間で、壮大なロマンを紡いでいくことはとても大事なことだと思う。人は夢見る力を失ったとき、生きている意味さえ見失うことになる。彼らは今も自分たちの芝居を大事にする。

 ベテラン役者であるパパイヤ豊作の長編デビュー作である本作(演出も兼ねる)が、そういう伝統を大切にした作品であったことを心から喜びたい。野心的な試みは何もない。ただ泥臭く、でも、自分たちのやり方を信じて、酔族館らしい芝居でリスタートを切った彼らの心意気に乾杯!


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