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映画・演劇のレビュー

『のぼうの城』

2012-10-25 20:42:24 | 映画
 石田光成率いる2万の豊臣方に対して500の兵士しか持たない忍城側がいかに戦うのか。手に汗握るアクション大作、知力の限りを尽くす頭脳戦のはずだが、実際はそうではない。最近はやりのCG満載のペラペラの映画でもない。

 これは昔懐かしい時代劇大作である。悠々たるタッチで話は展開するから、2時間半でも、短いほどだ。これは最近よくあるようなスピード感が命というような映画ではない。じっくりと見せることを旨とする。話をなぞるのではなく、そこで生きる人々の姿を描く。敵も見方も、身分の高い低いもない。ただそこに生きる人々の群像劇なのだ。

 冒頭で描かれる農民に混ざって農作業の邪魔をするのぼう様のおバカな姿は、滑稽ではなく、彼の人柄をしのばせる。ただのバカではない。後半の総大将として豊臣方と戦う場面でも彼は変わらない。急にカリスマ性を発揮して敵を撃沈されるのではない。野村萬斎はこの「(でく)のぼう」様を、飄々と演じる。彼のこの軽やかさは、クライマックスの田楽踊りのシーンに極まる。ゆらゆらと揺れる小舟の上で延々と踊る。敵も味方も彼に魅了される。そして、そんな彼が撃たれ、水の中に沈む瞬間、敵も味方も息をのむ。さぁ、どうなる。ドキドキする。

 この映画は本来なら昨年秋の公開予定だったが、震災の影響で上映延期になっていた。1年以上の期間を置いて、この11月、ようやく公開の運びとなった。昨年では、いくらなんでもこの圧倒的な水攻めのスペクタクルを擁する映画は、公開は不可能だったのだろう。すさまじい迫力である。よくぞこれだけの映画が作れたものだ。だが、この映画はそんなスペクタクルだけが見せ場なのではない。あくまでもこれは人間ドラマだ。そしてそれから圧倒的な娯楽活劇なのである。

『隠し砦の三悪人』の樋口真嗣監督による豪快なアクションシーンと、『ジョゼと虎と魚たち』の犬童一心監督の繊細な人物描写が融合して、ただの娯楽活劇ではない、とてもおおらかな、近年の日本映画にはなかった作品に仕上がったのではないか。それは往年の黒澤の時代劇を思わせる。こういう映画が見たかった。


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