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映画・演劇のレビュー

青年団『もう風も吹かない』

2014-01-27 23:47:34 | 演劇
まだ1月も終わっていないのに、今年のベストワンはこの作品に決定した。ここ数年間に見た芝居の中でこれが一番だ。見ながら、こんなにもドキドキしたのは久しぶりのことだ。10年ほど前に平田さんが学生のために書いた作品の再演である。学生たちによって演じられたものを、今回は青年団のメンバーによる完全版として提示する。

初演から10年で、ここに描かれる日本と世界をめぐる状況はよりリアルなものになった。2015年くらいと(漠然と10年後くらい)想定されたこの芝居の背景となる時代は、さすがにそこまではいかないまでも、その状況自体は、SFではなく、現実になってきている。極度の円安の進行で、1ドルが430円になり、日本経済は世界から取り残されていく近未来。青年海外協力隊の派遣は今回で打ち切りとなる。そんな状況を舞台にして、その最後のメンバーを育成する訓練施設での出来事を描く。タッチはいつも通り。施設の共有スペースを舞台にして、そこでの研修生だけではなく、この施設の職員や、訪れた外務省の役人やJICAの職員との会話を通して、彼らの今ある状況を描く。

僕たちの生きる日本が、どんどん没落して、世界から取り残されていく不安を背景にして、では、どうすれがいいのかの答えなんか見えないまま、とりあえず今ある状況を受け入れて精一杯に生きるしかない、ということが描かれる。2年間海外でボランティアをして、その後、どうなるのかなんて、彼らだけでなく、これまでのこの青年海外協力隊に参加した人たちが多かれ少なかれ感じていたことだろう。でも、世界を見たくて、自分にできることがしたくて、それぞれさまざまな思惑を抱えて参加したはずだ。たとえこれが最後であろうと、その本質は変わらないはず。だが、これはそれは単純でも簡単なことでもない。

 今、僕たちにできることって何なのか。3・11の時、感じた不安は、自分じゃなくてよかった、ではなく、今、目の前で、起きている出来事の圧倒的なスケールに飲み込まれて呆然とするしかなかった自分たちだ。無力感に取り込まれて、何もする気が起きなかった。でも、それは自分が被災者ではなかったから言えることで、現実にその渦の中にいたなら、今、目の前しか見えなかったはずだ。生きるだけで精一杯。でも、状況が状況ならそれすら不可能だろう。

この芝居のリアルは、これを部外者視点から見るわけにはいかないことから生じる。平田オリザさんがここに描く日本は、あまりにリアルすぎて怖い。しかも、いつものことだが、とても淡々としたタッチだし。だが、このリアルと今の僕たちは向き合わなくてはならない。高みで見物なんて出来るわけもないし、誰かに責任転嫁を出来るわけでもない。先の見えない不安と闘いながら、それでも自分たちに出来ることをする、という決意を描くこの芝居の若者たちの姿に平田さんの想いがしっかりと形になって描かれている。とても感動的なドラマだった。


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