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映画・演劇のレビュー

畑野智美『シネマコンプレックス』

2018-01-07 20:38:55 | その他

 

今の時代、映画館はほぼシネコンばかりになってしまった。個人商店の小さな映画館は数えるほどしかない。ミニシアターもミニ・シネコン状態だ。それが常態化してもう誰もそれを異常だとは思わない。映画館とはシネコンのことだ、と思い込んでいる人の方が多いのではないか。今、僕がここでかつての映画館の郷愁を吐露しても何も始まらないから、書かないけど、なんだか寂しい。

年末、久しぶりでソウルに行って来た。あそこももうすべてがシネコン化していたけど、不思議なのは、日本と違って今も町中に映画館があることだ。主要な駅ごとに映画館があるのではないか。東京だってそんな感じだけど、小さな駅にもちゃんとあるのに驚いた。(まぁ、たまたま自分が利用していた駅にはあっただけなのかもしれないけど。)映画館はシネコンである。スクリーン数は5,とか8というくらいのスケールだった。客席は200弱。こんなにたくさんの映画館があってちゃんとお客が入っているのかも、気になった。

 

閑話休題。というか、いつまでたっても、本題に入れそうにないから、もう雑談は打ち止めにしてこの小説のお話に移ろう。

これはとある地方のクリスマスイブのシネコンが舞台の小説だ。群像劇である。シネコンで働くスタッフが主人公で、彼らがどんなことをしているのか、が描かれる「お仕事小説」なのだ。毎週のようにシネコンには通っているのに、彼らの仕事は知らなかった。この小説を読んで初めてシネコンがこんなふうに動いているのかと、理解できた。だいたいは想像通りだけど、細部は知らないことだらけ。昔、僕も映画館で働いていたこと(バイトだけど)があるから、バックヤードの事情とかはなんとなく、わかるけど、今のシネコンと昔の映画館では違う部分も多い。

 

6つのパートに別れて、それぞれのセクションごとの仕事と、それぞれの主人公によるお話がそこでは展開する。同じ日の同じ場所時間だけど、違う視点からのお話が短編連作スタイルで綴られていく。最後まで読んだとき、シネコンでの長い1日が終わる。

 

映画が好きだけど、映画館で働いていると、だんだん映画が好きだったことを忘れていく。シネコンという日々膨大な映画を消化していくだけの場所は、映画を疲弊させる。いや、映画だけではなく、そこで働く人たちの映画への想いを萎えさせるのだろう。大切なものをみんなに伝えたい、はずだった。なのに、工場でのラインに入って、ノルマをこなすだけのように映画を提示する。映画はただの「商品」でしかない。それをちゃんとお客様に届けるのが仕事だと、割り切れたならいいのだけど、なんだか、ちょっと違う気がする。スタッフと観客の間に何があればいいのか。

 

映画が好きで、映画館で働く。安い給料でも好きなことをしていられるのなら、構わない。だけど、それが好きなことではなくなったなら、どうなるのか。ただただノルマになったときの虚しさ。彼らが映画と向き合い、何を思い、何を感じたのかが描かれていく。主人公のふたりのそれぞれのお話が6つの短編連作の最初と最後の部分を彩る。恋人同士になるはずだったこのふたりが別れていく理由が描かれる。恋愛と映画への想いが交錯する。映画が好きだから、この小説がとても胸にしみる。

 

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