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映画・演劇のレビュー

『抱きしめたい』

2014-02-05 23:44:01 | 映画
 塩田明彦監督が7年ぶりで放つ新作だ。なんと『どろろ』以降7年間も沈黙していたことになる。メジャー映画を撮るようになってから以前のような毒気がなくなってしまい、少し寂しいけど、それでも、彼の映画が見れるだけでうれしい。今回も正直言うと、少し期待外れだ。こういう「いい話」を、感動的に作るのではなく、その底にそれだけではない「何か」を見せてくれなくては彼の映画じゃない。では、今回の彼のアプローチはどこにあるのか。

 これは障害を持つ女性が、さまざまな困難を乗り越え、幸せな結婚をして、子供を産み育てる話でもいい。だが、いきなり死んでしまう。あれはショックだ。実話の映画化だとはいえ、それはないだろ、と思う。彼女の障害と、彼女の死は関係ない。映画はとても丹念に2人の出会いから、結婚、出産までを見せていく。どこにでもあるような普通の男女の物語として見せる。

 これが映画であることを忘れるほどにさりげない。もちろん主人公は北川景子と錦戸亮だから、美男美女カップルで、そこは映画だな、と思う。でも、彼らふたりはまるでスター然していないから、映画を見ているうちに、彼らがだんだん普通の人にしか見えなくなる。そこがこの映画の凄いところだ。それは、芝居がうまいとかではない。

 彼らだってどこにでもいる普通の男女でしかないということを、この映画は見せる。ドキュメンタリータッチというわけでもない。自分の物語では自分が主人公だから、彼女たちのこの物語ではこの2人が主人公でいい、と思わせてしまうくらいのさりげなさなのだ。それって、簡単そうに見えて、かなり凄いことだと思う。嘘がない。そんなふうにみえる。

 そういう意味で、やっぱりこの映画は塩田監督らしい。その気負いのなさが素晴らしい。彼がここで目指したのは、なんでもない日常の中にある輝きだ。それを丹念に掬い取ろうとした。それは映画として作られた「作り物のお話」(たとえそれが実話を元にしたものであっても、だ)ではなく、これはどこにでもあるただの真実だ。もちろんお涙頂戴映画にはしない。生きていることの尊さをしっかり噛みしめるような映画になっている。普通であることを大事にした、そんな映画になっている。冬の網走という環境が舞台の中心となるのもいい。ことさら過酷であることを強調しないのもいい。それが彼らに生きる場所なのだ。ただ、それだけ。だからこれはそんな映画なのだ。


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