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映画・演劇のレビュー

『居眠り磐音』

2019-05-29 20:47:36 | 映画

これはあかんわ、と思った。昨年の『空飛ぶタイヤ』がとてもよかったから、その後の本木克英監督には期待大だったのだけど、前作『少年たち』、そして本作と、全く新しいジャンルに挑戦するチャレンジャーなんだけど、今年連続でこけてしまった。もちろん2作品ともまるでダメというわけではない。それどころかこれだけ異なるジャンルに挑んで健闘している。『少年たち』の冒頭の長回しなんかちょっとした感動もんだった。ジャニーズ若手を使ったミュージカル映画なんていうとんでもない題材を与えられ、刑務所もので、少年たちの友情とか抗争とか、それをきれいごととして描きながら、感動させるとか、なんかむちゃなハードルの高さ。確かに健闘はしている。だけど、映画はまるでつまらなかった。

さて、今回も時代劇で、大長編で、その発端部分を取り上げて1本に仕立てる、とか。たいへんなのだ。主人公の松坂桃李はその存在感のなさからこの作品の意図をきちんと伝えている。彼はこの世界から消えていくように生きる。そこは確かにいいのだが、それだけではダメだ。これもまた健闘はしている。だけど、それだけではこの映画自体の存在すら、あやうくなる。どこに向かってこの映画が進むのか。そこを明確にしなくてはならない。自分を隠してひそやかに生きる。そんな彼が胸に秘めた想い、それがきちんと伝わらなくては意味を成さないのだ。

 

剣を構えるでもなく、ただ受け身で、でも、確実に相手を倒す。殺陣のシーンはそれなりに迫力があるし、映画は見せ場も用意できてはいるのだが、肝心の核心部分が弱いから見終えた時にカタルシスがない。彼が身を売って花魁となった大好きだった女に対して何を思いどうしたいと願ったか、ラストシーンからそこが伝わったなら、この映画は意味を持つのだがそうはならないもどかしさが残る。敢えてこの手の時代劇での定番であるチャンバラでの対決シーンで終わらせないという選択をした以上、あのラストに映画全体のクライマックスとなるだけの力を持たせたかった。これでは連続ドラマの第1話を見せられたような気分だ。2時間の映画としての満足感が欲しい。これでは映画を見たという確かな余韻が残らない。

 

希望に溢れて帰郷した彼がすべてを失い失意の中、江戸に逃げる。そこで死んだように生きる。そういうコンセプトを生かすためには、彼がちゃんと復活していくまでを見せる必要がある。そこをお座なりにして細部をいかに丁寧に作ろうとも、それだけでは無意味だ。

 


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