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映画・演劇のレビュー

橋本紡『ふれられるよ今は、君のことを』

2013-04-27 08:47:01 | その他
『ふれられるよ今は、君のことを』というタイトルに心魅かれた。特に「今は」という部分。そこにはきっと「今だけ」というニュアンスを秘める。そんな気がした。小説は期待以上によく出来ていた。というか、今の僕の気分にぴったりでそれにも驚いた。

 これは、とても切ない。ひとりで生きるということの痛みが、これでもか、これでもか、といった感じで綴られる。主人公は40前後の独身女性。中学の教師をしている。学校では生徒とも教師とも、表面的な次元でしか付き合わない。人と付き合うのが、怖い、のかもしれない。

 そんな彼女は今、ある男と同棲している。男は幻のように現れて、彼女は彼と一緒に暮らすようになった。それって、ものの例えではない。そのままだ。彼は時々ふいに消えてなくなる。彼はほんとうに消えてしまうのだ。そして、何日か、何ヶ月か、居ないまま。でも、また、ふいに帰ってくる。(彼は時の旅人で、年もとらずに永遠に若いまま、何百年も生きている、ようだ。リアルな小説なのに、ここだけファンタジーしているのだ!)そんな2人の生活を、彼女の日常である学校でスケッチとともに描いていく。

 2人の関係は、まるで不倫かなんかのように、誰にも知られることのない秘密だ。もちろん、確かなものなんてこの世界にはないけど、それでも、こんなふうに、誰にも、認められずに、自分たちの関係を自分たちだけの秘密にして生きるのは悲しい。人間って、きっと社会的な生き物で、周囲とのかかわりあいの中で自分のバランスを保ちながら生きている。だからひとりぼっちでは、生きられえない存在なのだ。(この小説が凄いのは、描かれるさまざまなことが、リアルなドラマの暗示にもなっていることだ。一見ファンタジーのようでありながら、これは切実にリアルなお話なのである。)

 この小説のラストで主人公は改めてそのこと(人はひとりでは生きられない、ということだ)に気付く。だから彼女は初めて自分から他者と関係を持とうとする。ここからが凄い。今までまるで他人事として誰とも関わらなかった彼女が自分から行動する。まず、クラスの生徒である市田くんに対して、自分から話しかける。それまでも同僚の野崎先生から彼の面倒を見るように言われていたが、積極的に自分から関わることはなかった。社会科準備室の整理も、彼が発作を起こし、来なくなり、そのままだった。だが、ラストで彼を社会科準備室に呼び出す。野崎先生に対しても、自分から声をかけて、彼の定年退職の時には、大きな花束をプレゼントすると約束する。

 今、恋人は家にいる。だけど、いつまた消えてしまうか、わからない。だけど、今はここにいて、ふれられる。その事実を大切にしようと思う。それがこの小説のタイトルだ。最初、読み始めた時には、「ふれられる」が「ふられる」に見えたけど、そんな目の錯覚もまたこの小説の大事な要素なのである。とても微妙な問題がここには横たわっているのだ。読者が(というか、僕が、だが)そのことに気付くとき、この小説は終わっていく。


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