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映画・演劇のレビュー

劇団大阪新撰組『短編まつり2 屋根裏EXPO2019』

2019-03-07 22:21:05 | 演劇

 

オムニバス・スタイルで作られた長編というのはよくあるけど、これほど見事な作品はめったにない。しかも、ちゃんと3つのお話はそれぞれが別のお題を持ち、もともとは別々の作家によって書かれた独立した短編なのである。しかも、観客からもらった3つのお題(「SNS」「屋根裏」「EXPO」)からお話を発想した。そんな恣意的なものが、なぜかひとつの大きな物語になっているのだ。全体の構成が見事で、そのブリッジ部分が大きな歴史のうねりを体現している。そこで描かれるのはある小さな「家族の肖像」である。3代に及ぶ彼らの歴史が描かれている。取りあえずは2019年を「現在」として過去と未来へ物語は往還する。

 

1970年の大阪万博が原点になる。父と母が一緒に行った。小さな鉄工所を営む父は万博の太陽の塔を作った。もちろん、彼ひとりが作ったわけではない。彼の仕事はこのプロジェクトの末端の作業でしかない。太陽の塔の手の部分に関わった。彼の自分の仕事に対する矜持。自分たちの仕事がこの壮大なプロジェクトのなかで埋もれていくことに涙する。なぜか自分が惨めに思えて万博会場を去ろうとする。この夫婦の姿を描くエピソードがこの作品全体の中心を成す。劇団の座長である南田吉信と古川智子が演じる。泣けて泣けてしかたがなかった。あの頃、日本人が夢見たバラ色の未来というものは、どこにいってしまったのか。この芝居を見ながら何度となく考える。2019年の先が決して明るいものではないことを示すこの芝居はそれでも、僕たちは生きるのだ、ということを教えてくれる。生きる勇気を与えてくれる。この先に何があろうとも、僕たちは自分を信じて生きていくべきなのだ、と。所詮自分たちはこの華やかな未来の場所のただの裏方でしかない。でも、自分の仕事の誇りを抱いていたいと彼は思う。そんな彼の揺れる想いが短いシーンから伝わる。そしてそれは形を変えて、彼の息子夫婦、そして、孫へと、受け継がれていく。万博から39年後、2009年、彼の死。そこから10年後、ほんの50年ほど前のことが、遠い過去になる。ブリッジに登場する少女がやがて老婆になるまでのお話でもある。

 

3つのお話は別々の短編のはずなのに、見終えた時には壮大なクロニクルとしてこの1本の芝居は胸に迫ってくる。ひとつひとつの短編が渾然一体となり、頭の中に残る。バベルの塔と太陽の塔が重なる。ひとつの家族の壮大なドラマはすべての人間の営みに連なる。屋根裏の掃除から始まった小さなお話が大きな人類の営みになり、再び小さな家族の物語へと収斂されていくとき、しかも、それが70年の万博と、この後やってくる2025年の2度目の大阪万博へと連なる。この國がこの先どこへと向かうことになるのかをこの芝居は占う。2025年は描かれることなく、その先の風景が提示される。歴史は繰り返すのか。1970年の未来予想図が2019年の今を経由して、近未来の2020年再びの東京オリンピック経由2度目の大阪万博へ。そういう背景をきちんと追いながら、2時間の壮大なドラマは幕を閉じる。

 

まだ三月に入ったところなのに、今年のベストワンにこれを推す。こんなにも凄い芝居を見られるだなんて、思いもしなかった。これは大阪新撰組が30年の歳月を経てたどりついた頂点だろう。


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