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映画・演劇のレビュー

『火口のふたり』

2019-09-07 22:53:56 | 映画

実は2週間前にこの荒井晴彦監督第3作『火口のふたり』を見ている。今年一番の期待作だったから公開初日に見てきた。でも、見終えてショックだったので、というか、なんか違う、と勝手に思ったので、そこで止まってしまってここには書かなかった。いろんなことを思ったのだけど、それが何だったのか、今では明確ではない。ただ、日常のスケッチから始まって、5日間を終えた時、そこに何が残るか、それが気になったから、唖然とする。あんな終わり方はないと。

終盤のまさかの展開に驚く。原作がそういうふうになっているのだろうか。白石一文の小説の映画化だ。彼の小説はとても好きだから(でも、僕はこの小説を読んでいない。)それを取り上げるなんて嬉しいな、と思った。彼の小説はいつもとても観念的で、でも、それが核心をついている。だけど、この映画はそうじゃない。なんだかはぐらかされた気分だった。富士山の噴火って、そんなのありなのか?

主人公は2人の男女。登場人物も彼らだけ。結婚前の時間。昔の恋人と過ごす5日間。彼女はそれで何かに決着をつけようとする。結婚は終わりではなく幸せへのスタートであるはずなのに、彼女はあきらめている。昔の恋人と最後の時間を過ごすことで、むさぼるようなセックスも最後だからという悲壮感はない。誰もいない部屋でふたりきりで何をする? しかも、それが人生最後の5日だとすると、どんなふうに過ごすか。もうこの先には何もない。そんな覚悟のもと、彼と過ごす。だけど特別なことは何もない。特別なことなんて考えられないし。

世界の終わりに何をするか。実際は終わらない。そんなことはわかっている。だけど、自分で線を引いた。あと5日。そんな彼らの時間を目撃するこの2時間は緊張する。

仕事もせずフラフラしている男と、結婚することで人生をあきらめた女。そんなふたりの無為な時間が実はとても身に沁みた。個人的な問題がある種の普遍へと転じる瞬間は、ただ、こんな荒唐無稽ないきなりの大惨事ではない。少なくとも映画においてはこれはないだろ、と思った。はぐらかされた気分で、納得いかなかった。観念的な映画ではない。それはかまわない。だけど、あれはないと思う。


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