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映画・演劇のレビュー

大阪新撰組『やつらは花に手錠をかけた』

2022-09-19 08:11:27 | 演劇

久しぶりでドキドキするような芝居に出会えた。こういうアングラ芝居は最近ない。大がかりな芝居ではない。いつも通り彼らの地下にある小空間(スタジオガリバー)が舞台だ。まぁ、最近彼らはほとんどここで公演しているけど(それくらいにここはここちよい)今回はここでいつも以上に贅沢な作り方をした。実はこの作品の前に、彼らはもう1本ここで芝居をするはずだった。近年の彼らの最高傑作となった『短編まつり』シリーズの4作目だ。この3月に上演予定だったが、コロナのため延期になったまま、本作の公演に至る。幻になった(なっているけど、きっとそのうち上演されるだろうことを期待している)作品を差し置いて本作の上演である。

劇場に入るところから芝居が始まるという天井桟敷やその後継団体である万有引力のパターンをささやかに引き継ぐ。無理をしないでいつも通りで、でも、そこにささやかに贅を凝らした。大きな仕掛けで驚かせる寺山修司やJAシーザーのやりかたではなく、小さな空間でさりげなく、そういう仕掛けを施す。2時間半という常軌を逸した上演時間もそんな仕掛けのひとつだ。この空間で90分を超える芝居は本来なら難しいはずだ。しかもコロナ禍である。

なのにそれを可能にしたのは、(しかもそれを逆手にとってなのは、)大英断だったはず。だがそれは無謀ではない。よく考えられている。途中10分間の休憩を入れるのは定番だが、そこで緊張が途切れるのも定番だ。だが、そうはさせない。舞台転換ではなく、換気のための休憩時間でもなく、観客をさらにこの芝居へと巻き込むための時間へと設定した。舞台上で、役者が残っていたり、雑談のような話をしていたり、受付の女性がマスクを販売に来たりする。マスクの料金は1枚2千円。すでに観客は入場時に2千円でマスク購入させられている。(2千円はこの芝居に入場料なのだけど、マスク代として請求されている。そこもまた芝居の中に組み込まれてあるのだろう)白と黒。いずれかのマスクを購入し、それを着用しなければ、芝居には参加できないという段取りだ。(そうなのである。これは参加型演劇だ。地下室へとつながる階段を降り始めたところから、もう芝居は始まっている、と当日パンフには平然と書かれてある。)休憩時間の10分間に女は平然と白のマスクを売りに来る。この黒い部屋にいる観客が入り口でほとんどの人が黒を購入して白が売れ残っているからだ、と言う。(もちろん、誰も買うわけがない)観客は常に役者たちから手を差し伸べられるような恐怖を抱く。観客を挑発して危害を加えるようなアングラ芝居はかってはよくあった。だが新撰組がそんな芝居をするわけではない。だけど、程よい緊張にさらせれる。

あえて客席を12席に限定した。横は4人、それが3列だけだ。もちろんこの劇場空間が狭く、通常でも30人も入らない。だが、12席は異常だ。これでは5ステージ上演しても60人しか収容できない。だが、あえてそれを挙行した。それでなくてはならない芝居を作るために。観客は選ばれた人間となる。客席にはなんとラベルを外したペットボトルの水がパンフと一緒にそれぞれちゃんと置かれてある。冒頭は5分に及ぶ暗闇で始まる。舞台と客席の後ろから声がする。なかなか明かりはつかない。この空間自体が収容所なのだ。観客は役者が演じる不条理な出来事を自分のこととして体験することを強いられる。安全ではない。でも危険でもないそんな空間に閉じ込められる。

だが、これはおどろおどろしいアングラ芝居ではない。これはこれまでも劇団で3度上演してきたフェルナンド・アラバールの作品シリーズの一作だ。ある種の不条理劇。スペイン内乱のおり、入獄を強いられた男が23年の歳月を経て、獄舎から出てくるところから始まる。だが、果たして彼は出獄できたのか。今ここにいる自分は獄中で夢の中にいるだけではないのか。彼(南田信吉)と一緒にこの迷宮地獄をさ迷うことになる。仮面とマスクで覆われた顔。狭い空間でそのすべての空間を使い、静かな芝居は始まり、終わる。役者は7人。彼らは客席の最前列と最後尾にも用意された客席も使い、演じる。舞台上で楽屋にでもいるように着替えたりもする。でも、ここはあくまでも牢獄の中、あるいは、そこから解き放されたシャバ。夢と現実が交錯する。作る側(7人の役者、受付にいた案内人、スタッフ)と観客はきっと同じ人数だ。12人の相似形。入れ替わることだって可能だ。見ている我等と見られている彼等を等価な存在とする。そこで描かれる2時間半に及ぶ地獄めぐり。夢のような迷路。至福の時間。

 


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