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映画・演劇のレビュー

『明日の食卓』

2021-06-03 15:21:02 | 映画

今年一番の期待作が実はもう公開されていた。椰月美智子の同名小説の映画化。椰月美智子が映画になるのは初めてではないか。彼女の描く世界と瀬々敬久監督が真摯に取り組む秀作である。コロナのせいで大阪地区は映画館が休業していたので、気が付かなかったけど、見れてよかった。5月28日公開で、でも、小さなマーケットでの上映で1日の上映回数も少ない。昨日知ったので、今日大急ぎで見に行ってきたかいがあった。必見の傑作である。

それにしてもこの内容は厳しい。こんなにもキツイ映画はなかなかないだろう。でも、そこと真正面から向き合う。尾野真千子は『茜色に焼かれる』に続いて今回も子供と向き合う母親役を演じる。しかも、今回はあのえげつなくキツイ映画以上にキツイかもしれない。

3人の母親と10歳の息子(3人とも、たまたまだけど、石橋コウという名前だ。コウの漢字は違うけど)の話だ。3つの話が並行して描かれていく。同じように幸せそうな家族。だけど、そこに生じる亀裂。実はずっとその兆候はあった。だけど、気づかないふりをしていたのかもしれない。

尾野真千子は静岡の郊外の住宅地に大きな家を建てて裕福に暮らしている。10歳の息子はとても優しくて優秀な男の子だ。夫は東京まで仕事で通う。隣には夫の母親が住んでいる。子供が学校でいじめをしているらしいという連絡が入る。さまざまな出来事が少しずつこの家族を侵食していくことになる。

菅野美穂が演じるのは、東京で専業主婦をしている母親。ふたりの息子の育児をしながら、ブログで育児日記を公開して人気を博している。だが、上の10歳の息子は下の子をいつも泣かせてばかりいるから困っている。カメラマンの夫は忙しいけど優しい。以前はフリーのライターをしていた。子育ても一段落したので仕事に復帰しようとしている。ある日、夫が仕事を首になる。

高畑充希は大阪で暮らすシングルマザー。安い給料で仕事を掛け持ちしてフル回転で全力で働く。子供の面倒も全力でみている。彼のしたいことをさせてあげたいと思う。若いからなんとかなっているだろうけど、きっと体を壊す。

並行して描かれる3つのお話は同じように少しずつ綻びが出来て壊れていくさまが描かれる。描かれるのは淡々とした家族の日常なのに、そこには凄い緊張感が持続していく。こんなにも簡単に幸せは壊れていく。日常は変わることなくずっと続くと思っていた。だけど、そんなにも実に危ういものでしかないのだということを教えられる。瀬々敬久監督はこの重くて苦しいドラマを冷静に見つめていく。誰が悪いとかいうことではない。あのふたりの夫たちや弟くんも、である。人間は簡単に壊れる。

映画を見ながら、こんなにも苦しくてしんどいにもかかわらず、そこから目が離せなかった。ここには真実があるからだ。みんな一生懸命幸せになるために努力している。子育てはたいへんだ。そんなこと誰だってわかっている。10歳という微妙な年齢と向き合い、自分のことも大事にしたいし、今ある家族を守りたい。想いはみんな同じだ。だけど、どんなに努力しても思うようにはいかないことはある。この映画は、簡単じゃないことをきちんと見せてくれる。そこには答えが確かにある。誰もが傷つきながら生きている。どうしてこんなことになったのか、ひとつひとつと向き合い、逃げない。抱きしめる時、そこに持てる力のすべてを込める。たどりついたその答えを大事にしたい。素晴らしい映画だった。


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