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映画・演劇のレビュー

『阪急電車』

2011-05-16 22:24:51 | 映画
こんなマイナーなタイトルの映画が作られるなんて、驚きだ。さすがにこのままでは全国一斉公開なので、説明のために『片道15分の奇跡』なんていうサブタイトルを用意したが、あまり意味を成さない。

 まず、原作自体がそうなのだが、こんな風に特定の企業名を冠にした小説というのが、そもそも凄い。しかも、阪急の今津線である。せめて舞台は宝塚線くらいにして欲しいが、作者の有川浩が住んでいるから、という理由でこういう事となった。たった15分のローカル線を舞台にした群像劇だ。短編連作である原作をそのまま映画化し、うまくコラージュしてあるが、それだけでは、長編映画にはならない。全体を貫くものが欲しい。でも、この小説の映画化にそれを望むのは酷であろう。これでも、よく原作のイメージを損なわずに上手くまとめた方であろう。

 ただ、あまりに上手くまとめられ過ぎていて、インパクトはない。まぁ、こういうハートウォーミングにインパクトを求める方がおかしいのだろうが。でも、これではただの「なんだかいい話」でしかない。小説をそのまま電車の行き帰りで、細切れで読んでいる分には問題ないが、これを劇場用映画にしたら、これだけでは物足りない。

 群像劇といいつつも、それぞれのエピソードはどれもこれもあまりに当たりさわりがなさ過ぎて、印象に残らない。彼らの痛みが伝わらない。それぞれ傷つきながら生きているのはわかるが、それで? と、突っ込みを入れたくなる。それでも原作読んだときは同じ話なのに、それなりに心地よく読めた。だが、これは大スクリーンに似合わない話だ。それなりに丁寧に作られてあるだけに、余計に物足りなさがつのるのだ。たわいもない話を、等身大で見せただけでは、弱い。

 これは、この世の中の片隅でひそやかに生きる人々へエールを送るような映画、のはずだ。その目的は確かに達成されてある。だが、それだけではあまりに志が低すぎる。たった15分の沿線で起こるたわいもないドラマの数々が愛おしいものに思えてくるような仕掛けが欲しかった。宝塚から西宮北口までの、各駅停車の旅が、どんなものよりも愛おしいものに思えたなら、この映画は成功である。

 往復の2部構成、ふたつの時間を経て、この主人公8人が、どう成長したのか、それを感じることで、僕たちが過ごす日々のなんでもない時間を愛おしく思えるように描かれたなら、よかった。偶然乗り合わせた彼らが、痛みを克服し、前進していく様が心地よく描けたなら、いい。明日も元気にがんばろう、と思えられるだけで、いいのだ。だが、たったそれだけが、なかなか難しい。嘘くさくなく、さりげなく、愛おしい。その微妙なバランス感覚はなかなか作れるものではない。


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