ぽんしゅう座

優柔不断が理想の無主義主義。遊び相手は映画だけ

■ アトランティス (2019)

2022年07月17日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」

戦時に無造作に埋め捨てられた兵士の遺体が発掘され帰還するさまが描かれる。破壊され朽ち、そこに存在するだけの塊と化した元兵士たち。検視官は淡々と、かつ克明に遺体の損傷状況を記録係に告げる。生き残った者たちが死した者たちの「かつての生」を検証する。

これは“儀式”なのだ。戦争という無限暴力によって侵され、兵士たちの「かつての生」に憑りついた時間の停滞という悪魔を剥ぎ取るための儀式。あえて感情を排除し戦争という愚行を肌感覚として感受すること。この先の「未来」を生きる者たちが、あのときに生きていた者たちをの存在を引き受けるということ。それが次へ進むということ。

この映画は、誤解を恐れずに書けば、戦争という暴力の痕跡に支配された風景(世界)を描いていながらとても美しい。全編ワンシーン・ワンカットで撮影され、しかもどのシーンも視点(カメラ位置)と視角(フレームサイズ)は固定されたまま微動だにしない。主人公の移動に合わせて延々と後姿を追捕するシーンがあるが視点は男の背中を同じ視角で追い続ける。

視点と視角が固定された空間(世界)のなかを、作業員や兵士、雪原、岩山、水、雨、そして死体といった有機的な自然物と、トラック、工場、倉庫、砕石機器といった無機的な構造物がフレームインとアウトを繰り返し、画面の静と動を制御する。その計算されたタイミングと動きが、ある種の格調を醸し出しアート表現としての美しさを湛えているのだ。

そんな統制されていた視線が、何かの衝動に駆られ被写体に激しく吸い寄せられるように移動するシーンが二箇所だけある。一度目はタナトス(絶望)、二度目はエロス(希望)への衝動だ。ずっと受け身でいた“物語をつかさどる視点”が激しく感情を爆発させる印象的な演出だった。

(7月10日/UPLINK吉祥寺)

★★★★★

【あらすじ】
近未来の2025年。ロシア軍の侵攻によりウクライナのドンバス地方とクリミア半島で起きた紛争が終わり一年。製鉄所で働くセルヒー(アンドリー・ルィマルーク)と同僚(ワシール・アントニャック)はPTSDに苦しんでいた。製鉄所は閉鎖され、セルヒーは給水車の運転手として水不足に苦しむ地域を巡る。その途中で知り合った、戦死した兵士の遺体回収のボランティアに従事する女性(リュドミラ・ビレカ)は、無造作に埋められた兵士を発掘し、遺族とのお別れをさせて戦争を終わらせているのだと言う。2022年のウクライナ戦争を受けてチャリティー上映ののち日本公開されたヴァレンチン・ヴァシャノヴィチの東京国際映画祭 審査員特別賞作。(109分)


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