モヴィエ日記

映画の感想とか、いろいろです。

今は夏真っ盛り

2013-07-30 01:15:08 | Weblog
でも宮崎駿の新作というだけでもう楽しみで楽しみで、
そういう場合、事前にあまり予備知識を仕入れないようにしたい性質なんですけど、
それでもいろいろと入ってくる、そのなかでもっとも気が重かったのが主題歌ですよ。
だいたい僕は昔からあの歌手が嫌いなんですよねえ。
音痴で声が耳障りでとても聴くに堪えないですわ。
それやのになんであんなに人気があるのかまったく理解できなくって、
僕の知る限りでは、公共の電波で彼女のことを音痴やと言い切ったのは、
キダ・タローただひとりですわ。
それ以来、僕は彼のことを信頼するようになりましたよ。
この人は正直な人やなあ、
ウソをついたり繕ったりしない人やなあ、
何かを隠したりごまかしたり見栄を張ったり体裁を気にしたりはせずに、
すべてをありのままさらけ出せる、本当に正直な人やなあ……え?
しつこいですか?
いやまあ、彼女が音痴なのは僕の主観に過ぎないとしても、
宮崎が彼女の歌を用いるのはこれで2度目ですからねえ。
なんか、団塊の世代の人らが、
いつまでも自分の若かった頃の歌に執着してるのって醜いなあって、
昔からそう思ってて、
まあ宮崎はそれよりちょいと上の世代やけど、まあ似たようなもんで、
そういうのにちょっと気が重くなってたんですよねえ。
やがて映画が完成して試写会の評判がチラホラ伝わってきたりして、
そうなると期待はまた高まってきたんですけど、
今度は逆に期待が高まりすぎたせいでか、
社会批判的な要素を勝手に求めてしまったりするようになってきて、
それには宮崎が護憲発言したとか、その他のインタビューの内容なんかもあるけど、
でもなんか見る前から既にそういう感想が勝手に用意されてしまったりなんかして、
これは確か半藤一利さんが指摘してたと思うけど、
零戦というのは技術的にとても優れた戦闘機やけど、
それだけに操縦が難しくなってしまって、
当時の日本にこれを乗りこなせるパイロットはほんの少ししかいなかったんですって。
それに比べてアメリカの戦闘機は、単純な造りではあるけど操縦は容易、
そしてコクピット周りが頑丈に出来てたんですって。
そういうのが頭に入ってたから、実際に本作を見てみて、
主人公が機体を軽くすることに苦心する件なんかで、
ああ、このせいでコクピット周りの防御が薄くなってしもたんかなあとか思えてきたし、
そういったことから文明論的なものを展開させてみたくなったりして、
原発は優れた科学技術の結晶か知らんけど、人類にそれを使いこなせるのかとか、
まあそんなことに結び付けたくなったりして……と、
そんな感じでもう見る前から頭でっかちになってたんですわ。
で、ようやっと実際に見てみたらこれが、
なんかこっちの力が入りすぎてたぶん、肩透かしを喰らったような……

ご存知の通り、零戦の開発者の堀越二郎をモデルとした主人公、
この二郎の幼少期から物語は始まるけど、
しかし物語といっても前半はほとんどそれらしい物はなく、
いかに二郎が飛行機が好きか、空を飛ぶことに憧れてるか、
その姿を、空想をたっぷり交えてひたすら綴っていく、
やがて成長して設計技師になる二郎のドラマよりも、
現実と空想のなかで縦横無尽に飛び回る様々な形の飛行機たち、
ギガントだのアルバトロスだのといった単語が脳裏によみがえってくる、
好き放題に飛び回り放題の飛行機がとにかく印象的で、
関東大震災ですら……そうそう、これも予告編で見て気になってたことで、
このいま現在、震災というものをどのように描くのか、
まさか絆だのなんだのといった安っぽいメッセージを発してはいないかと、
それが気がかりやった震災ですら、
二郎とヒロインの馴れ初めでしかないやんってな軽い扱い。
いや、大地の揺れや火災などの表現は、
アニメーションの技術的には見るべきものがあるんやろけど、
それよりもとにかく飛行シーンといった印象で、まあ前半はそんな感じでしたけど、
後半、二郎とヒロイン・菜穂子が再会してからは、
宮崎アニメ史上初かというような大人の恋愛ドラマが展開されていって、
といっても時代背景からして、そうそう大胆な描写が見られるわけでもなく、
それよりも気になるのはこの菜穂子の役割というか、
だいたい宮崎アニメのヒロインといえば、何らかの強さを発揮するのがお決まりで、
お姫様でもただただ護られてばかりじゃないわよ、ってなところが大きな魅力やったけど、
しかしこの菜穂子さん、結核を患ってることもあって、
意志の強さを感じさせる場面はあるにせよ、基本的には護られっぱなし、
愛する人の仕事が第一、私はその傍にいられるだけで幸せってのは、
これは昔から根強い男性目線の物語のパターンに、宮崎アニメも堕ちてしまったかって、
そう感じられたりもしたけど……

ラスト、零戦は敗れ散り、愛する人は去ってしまい、
何もかもを失う二郎。
しかしそれは好き勝手にやってきたことの大いなる代償ですよね。
好きな飛行機の設計に携わり、好きな菜穂子と結婚する、
その飛行機とは戦闘機であり、大勢の命を奪う兵器に他ならないけど、
時代の要請でその設計に没頭できる二郎。
結核を治すため山奥で療養しなけれなならない菜穂子なのに、
彼女自身の希望でともに暮らす二郎。
二郎の願いは国家の、そして菜穂子の願いと幸せな合致を果たし、
そのおかげで好きなことに思い切り打ち込める二郎。
彼の姿が宮崎駿にまんま重なりますねえ。
作りたいアニメを好きなように作って、それが大勢の観客に受け入れられ続けるというこの幸福。
作りながら、自分と二郎を重ね合わせてしまってたんでしょうか。
ラスト、二郎が厳しい現実に直面する場面が幻想シーンであるというのは、
二郎を自分の分身のように思うあまり甘くなってしまったんでしょうか。
そこで思い出されるのは最初のほうで、
二郎がシベリア……なんか知らんけど三笠まんじゅうを4等分したみたいで美味しそうなお菓子やったけど、
買ったばかりのそれを二郎が、道端に立ちすくむ貧しいきょうだいに分け与えようとしたところ拒絶され、
友人に「偽善だ」と指摘される場面。
たとえばラストで、二郎が己の罪を感じて泣き崩れでもしたなら……
ドラマとしてはそのほうが落ち着きがいいというか、わかりやすいですよねえ。
でもそれを偽善と感じたのか、そうは描かない宮崎駿。
偽善的な後悔よりも、とにかく目の前のことに懸命に取り組むことの大切さを伝えたかったんでしょうか。
そしてそれが無残な結果に終わったとしても、それでも必死に生き続けることが大切だと……
そのことを二郎に伝えることこそ菜穂子の最大の役割だと……

二郎が友人と、開発中の戦闘機について交わす会話の、
「どこと戦争するんだろう」
「俺たちは武器商人じゃないよ」
この能天気さの皮肉が果たしてどれだけの観客に通じたのかとか、
ヘビースモーカーとして知られる宮崎駿が、
いまやハリウッド・メジャー作品では絶滅したに等しい喫煙シーンをばかすか描き、
果ては結核を患う菜穂子の隣でまで、それも彼女の希望によって二郎にタバコを吸わせるなどなど、
これはどうなんやろなあって思えるところもいくつかあるけど、
そういうところも含めたいびつさに魅力を覚えてしまうのもまた事実で、
そして何より、

「あの子の命はひこうき雲」

なんていい詩やろうって、素直にそう思える、
そんな「風立ちぬ」でありました。
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3 コメント

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つけびして 煙草の煙喜ぶ  宮崎駿 (グラッパ)
2013-08-04 10:21:48
宮崎駿自身が描いた「風立ちぬ」の原作(プラモデル雑誌連載時の題はたしか「風たちぬ」)は宮崎駿の好きな乗り物・そのエピソード・夢なんかがごった煮になって乗り物オタク宮崎駿の魅力が満開の漫画でした。
だからこそ実在の人物堀越二郎と堀辰雄の小説世界がクロスしても違和感を感じませんでした。

映画は未見ですが、ちょっぴりかしこまったアニメでこんな雑談の妄想話の魅力が伝わるのかなあ。
少なくとも同じように自身の妄想話の原作をアニメ化した「紅の豚」は、私は原作ほど面白いと感じませんでした。

ま、私の場合は「となりのトトロ」があまりに深く心に刺さりすぎて他のどのジブリの作品も「『トトロ』には劣る」という偏見で見てしまう人間なんですが。

八王子の老舗呉服店のお嬢さんは、私に「上手いか下手かは歌で人を感動させる絶対的要素ではない」と教えてくれました。
私と同い年で大好きな歌手の一人です。
妄想と訂正とお詫び (グラッパ)
2013-08-04 11:50:34
先のコメント投稿してから、何年か前に読んだ宮崎駿原作が懐かしくなってネットで原作画像を探し回っていたんですが、レレレッ、どれも「風立ちぬ」になっている!
私の「風たちぬ」は単なる思い込みの妄想だったのか?

とにかく私の誤りのようなので、訂正してお詫びします。
飛び立ちぬ (ぽんぽこ山)
2013-08-05 22:58:12
まあ僕に言わせれば宮崎駿も「トトロ」の後、
長い長い低迷期を経て、「ポニョ」でやっと復調して、
「風立ちぬ」は遺作に相応しいものを残せてよかったなあって、
思いっきり上から目線で言うとそんなところなんですけどね。
とりあえず大ヒットしてるようで喜ばしい限りですわ。
でも劇場のグッズ売り場はキャラクター物がないんで苦労してるようですけどね。

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