ポメ日記

シニア犬のポメラニアンの愛之助との生活を綴っていきます。

覚悟と希望。

2019-03-30 15:03:53 | 日記
最初に「愛之助の死」というものを意識したのは、2017年9月に膵炎で1週間の入院を余儀なくされた時で、それからというもの、私の中では、漠然と愛之助の方がジェイよりも先に天国へと旅立つんだろうなぁという考えが頭の中を占めていて、愛之助が居なくなって、ジェイだけになったら思う存分可愛がってあげよう、と思っていただけに、2018年1月にジェイが息を引き取った時には、ものすごい喪失感と後悔の念に苛まれましたが、今回、愛之助の死というものに直面した時には、やはり、ジェイが居なくなってからの愛之助との日々の中で、ある程度の覚悟が出来ていましたので、そして、今年に入ってから、愛之助に長生きして欲しいと願いながらも、もう頑張らなくても良いよ、と言ってあげたいような気持ちになる事もありましたので、不思議とジェイを失った時ほどの喪失感が無くて、愛之助が居なくなってからも、私がこうして元気に過ごせているのは、愛之助が、常に私に希望を与えていてくれたからだと思っています。😊

2017年の9月に膵炎で入院して以来、体力的には少しずつ衰えてきた感じがありながらも、何とか体調をキープしてきた愛之助。

私の中では、次に大きく体調がダウンしたら、もう危ないかも・・・という気持ちは、持ち続けてはいましたが、それでも、この1年は、このままの状態で毎日を過ごしていけるはず・・・という楽観的な気持ちで過ごしていました。

この3月6日に目ヤニの件で動物病院に行くまでは・・・


いや、3月6日に動物病院に愛之助を連れて行って、血液検査をした後でも、きっとまた、体調の回復が見られるだろうという楽観的な気分でいました。

明日で3月が終わり、また、このブログも明日で終了するので、何かしらポメ達との楽しかった思い出を綴りたいのですが、どうしてなのか、私の記憶の中では、この3月6日からの1週間の事柄しか頭に浮かんでこないのです。😥💦

3月7日に愛之助を動物病院に預けて、お出かけをして、


その時には、愛之助の体調が悪くなった事に関しては、どんより気分ではありましたが、心の底では、きっとまた、復活するだろうという希望がありましたので、それなりに楽しく過ごせて、この日は、愛之助が復活したら、お出かけ記事をブログに載せようと思い、写真も一杯撮っていました。😌💦

この時に食べたインスタ映えするリンゴのパフェ。


このリンゴの中は、ムースになっていて・・・😅

更には中心部には、ザクザクとした食感のフレークが入っていました。



この日、動物病院にお迎えに行った時に、スタッフさんが、どうしてもご飯を食べない、と言っていて、その時に私が愛之助の好きな腎臓にやさしいトリーツを開けると、パクパクと食べて、スタッフさんを驚かせた愛之助。

そして、3月9日のポカポカ陽気の日に、垂れ梅の下で、写真撮影をした時には、

心の中で、どうか来年もこうして愛之助とこの垂れ梅の下で写真が撮れますように、と願いながらも、それは叶わぬ願いなのだと、漠然とではありますがわかっていました。


この時には、まだ血液検査をしてからの治療はしていませんので、数値的には悪い状態での愛之助だったのですが、家に入る為の足拭きをしようと犬用のウェットティッシュを開けると、そのパリパリという音をオヤツの袋の音と勘違いして、テンションが上がった愛之助の姿を見せてくれて、

ここ最近は、お出掛けといったら動物病院に行く事しかしていなかったので、この日に愛之助を連れて垂れ梅を見に行けて本当に良かったと思っています。

私の中の最後の幸せな思い出です。

そして、その日の晩から、リン吸着剤を使うようになり、日曜日、そして、11日の月曜日には、その効果が出てきたのか、と思うくらいにご飯を食べられたので、少し気分的にも上向きな気分になっていたのに、12日の火曜日の晩には、全く食べなくなり、そして、いつもの呼吸では無い、大きな呼吸をするようになり、それでも、ジェイの時のようなハァハァという荒い呼吸でも無くて、まさか次の日には息を引き取るなんていう事を考えもせず・・・

いつもの循環が悪くなった時のような表情は、見られず、でも少し呼吸がいつもと違うので、とりあえず動物病院で酸素室に入れて貰って点滴でもして貰おうと思って、愛之助を動物病院へ連れて行った、13日の朝・・・

この時には、自力で立つ事が出来なくなってはいたんだけれども、それでも、苦しそうな感じには見えなかったので、病院で何らかの処置をして貰えれば、また、復活するだろう、と考えていた13日の朝。

この日、獣医さんも、愛之助の突然の体調不良に驚いた様子だったのだけれど、とりあえずは、酸素室に入れて、レントゲンを撮れたら撮影する、という事で愛之助を預け、夕方に動物病院に行くと、そこには肺が真っ白になっている愛之助のレントゲン写真があり、その時に、私は、愛之助は、もう今晩持たないだろうと、そのレントゲン写真を見て、愛之助の死を漠然ではありますが覚悟しました。

それで、私の事が、そして我が家の事が大好きな愛之助の最後の時を我が家で過ごさせたい、と思い、獣医さんに愛之助を連れて帰りたい、と申し出たのですが、獣医さんから、利尿剤が効いて、肺から水が抜けたら、呼吸も楽になるし、利尿剤がどれくらい効いているか、また、レントゲンで撮影して見たいから、と言われ、我が家には、酸素室も無いし、呼吸の苦しい愛之助を一晩我が家で過ごさせるのは可哀想だとの考えもありましたので、愛之助を入院させる事を決めました。

その後、愛之助と面会した時には、愛之助は、歩いていましたし、私が抱っこしても、特には変わりは無かったのですが、ただ抱っこしているうちに呼吸が大きな呼吸になってきたので、愛之助をスタッフさんに渡して酸素室へと戻って行った愛之助ですが、愛之助は、きっとこの面会の後で私と一緒に我が家に連れて帰って貰えるんだと思っていたのだと思います。

なので、その後、心配停止に陥ったのは、一緒に家に帰る事が出来ずに、病院に残る事になったショックからかも・・・と思ったりもします。

これは、動物病院のスタッフさんもそう思ったようで、私が連絡を受けて再び動物病院に行った時に、スタッフさんが、「もし、あの時に一緒に家に帰っていたら、どうやったのかと思う・・・」と言ったのですが、その時には、私は、動揺していたので、「家に連れて帰っていても、同じようになったと思うわ・・・」と、言ったのですが、今から思うと、愛之助は、やはり、家に帰りたかったのだと思います。

そして、私が病院に戻った時には、無事に蘇生して、意識もあり、脈も安定してきた感じではありましたが、その時にも、感覚的に、愛之助は、もう長くはないんだろうなぁと漠然とではありますが、ある程度の覚悟は出来ていたのだと思います。

そして、愛之助の側を離れられずにいる私を見たからか、愛之助の体調は、驚異的に回復し、人工呼吸器を外す事が出来て、酸素室に入る為に、酸素マスクに切り替えて体温を計ってみようという事になり、スタッフさんがペットシートで作ったオムツを外そうとして、手間取っていたので、私も一緒に手伝ってオムツを外してみると、愛之助が下痢していて、それをスタッフさんが普通のティッシュで拭こうとするものだから、私がカバンの中から、犬用のウェットティッシュを出して、拭こうとすると、そのパリパリという音に反応して、尻尾をパタパタと振った愛之助。

私の感覚では、愛之助は、動物病院に行くのを怖がったり、嫌がったりする事無く、いつも落ち着いて、お利口さんにしているんだと思っていたら、どうやら、愛之助は、動物病院では、いつも下痢をしていたそうで、愛之助にとっては、本当は、動物病院に行くのがストレスになっていたんだなぁと思います。

それでも、心配停止状態から蘇生して、酸素室に入れるぐらいにまで回復し、その上、尻尾を振るぐらいの元気があり、酸素マスクはしていたものの、意識もしっかりしていたし、目も輝いていたので、これなら明日の朝まで愛之助の体力は、持つだろうと思い、一筋の希望を胸に家に帰る事が出来ました。

この時に、もう長くは生きられないんだろうなぁと漠然とした覚悟をする中、絶望では無くて希望を持って家路につけた事は、幸せな事でした。

本当に最後の最後まで、愛之助は、私に希望を与えてくれました。

そして、こうしてこのブログで愛之助と過ごした濃密な時間の思い出を書く事で、気持ちの整理が出来ていきます。

明日の投稿で、このブログはおしまいになります。

長々とありがとうございました。🙇
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