山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

またもや悪夢

2014-11-13 19:36:27 | 日記
今日は、体育の授業がある。ふと持ち物を調べると、あわや体育着や運動靴を忘れたかと思ったが、なんとか大丈夫(以前着て洗ってないのが入っていた)のようだった。
しかし、なんか2時間目の体育には間に合うけど、1時間目には間に合わなさそうなのだ。

電車の横座りの席に座っていて。その1通りには自分以外には誰も座っていないのだが、その座席の上に自分の服が何枚も置いてあって、電車を降りる時には片付けなくちゃならない。
何枚かはそのまま置いていき、一部を持って電車を降りようとした。
しかし、待てよ、ここでこの服を置いていくということは、もう自分の手元には戻ってこないってことだなと思った。じゃあ、やっぱり全部持っていかないといけない。
とはいっても、これを片付けていては、次の駅までに間に合いそうもない。
そうこうするうちに降りるべき駅に着いてしまったが、私は座席の上に散乱している服を寄せ集めている途中なので、その駅で降りるのはあきらめた。
もう絶対に1時間目には間に合わない。遅刻だ。でもしょうがない。体育の時間からでることにしよう。
駅を通過し、もっと先の駅で降りた。その駅は、どうやって乗り換えるのやら、行くべきホームは何番線なのかもわからないのだった。
たぶんこっちであろうという方向に歩いていった。もうどんどん遅くなってしまう。

階段を降りながら、ふと思った。○○君は毎日遅刻する。
そうだ、彼もかなり限界に来てるんだろう。遅刻したくて遅刻してるんじゃない。
自分が時間についていけないのである。
実は、悲鳴をあげているのである。

そのとき、ハッと目が覚めた。

自分もかなり疲れている。毎日が、消化しきれていないのだ。
遅刻の常習犯や、ずる休みや、怠けや、授業のボイコットなどをする生徒は、本当は苦しいのだ。限界に来ているのだ。

なぜか、夢でそれがはっきりと認識できたのだった。

そんな生徒は自分だった。高校の時に英語の授業が苦しくてよくサボった。
自分が弱いとも辛いとも思わず、単に「怠け者」なんだと思っていた。
自分以外にも授業をさぼっている同級生はいたのかもしれない。
適当に出席したり欠席したりしている生徒はいたような気がする。
でも、誰がどのくらい真面目で、誰がどのくらいサボっていたのか、自分にはわからない。

この夢を見て初めて分かったのは、自分も、それからよくサボる生徒も、実は「限界」だったということだ。

今も、よく遅刻する社員などもいるが、遅刻の常習犯や欠勤の常習犯は、単にだらしがないというわけではなく、何かの意味で「限界に来ている」のではないか?

ああ、ここらで休まないとやってられない。
なぜか、そんなふうに感じるこの頃だ。

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