山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

あと何回の夏

2020-08-27 23:28:52 | 日記2020

今日、ふと、自分はあと何回夏を過ごすんだろう?と思った。
こんなことを考えるのは初めてだ。
80歳まで生きてあと20回か・・・

80歳過ぎたら、けっこう年寄りだと思うけど、100歳まで生きる人も多い時代だ。
そうしたら、そこからまだ20回も夏が来るのか?

だったら、60歳だったら、あと40回も夏が来るの?
でも、100歳までぴんぴんしている人も少ないだろうし、多くのお年寄りは、生きるのが辛いと思っている人もいるみたいだ。

活動的に生きられるのは、80代がせいぜいかな?

なんでそんなことを、今年になって考えるのかというと、先月、同級生が亡くなったのである。
それは、幼馴染だった。
幼馴染は生まれ育った故郷の実家近くにずっと住んでいたと聞いている。
私は、18歳以降、東京に住んでいて、その友達にはずっと会っていなかった。

不治の病と闘っていることも知らず、突然亡くなったと知らされてショックを受けたが、長年会っていないこともあって、特に悲しいというような気分がこみ上げることもなかった。実感がわかないというのもある。そして、新型コロナの影響で、東京人は地方には行くことができないので、葬儀にも参列しなかったのだ。

しかし、もしこれが現在の親友だったとしたら、きっと行ったんだと思う。
幼馴染っていうのは、小学校のときの友達で、その後は、特に親しい付き合いはしていなかったのだ。そして、高校も違う学校になってしまい、接点がなくなった。

幼馴染とは、たまたま近所に住んでいたから、いつも一緒に遊んでいたのであって、特に性格や趣味が合うわけでもないってことなのだろう。

だから、どんなに子供の頃、親しくしていたからって、大人になってからの自分にとって重要な人ではないのだと思った。

・・・

しかし、日が経つにつれて、その幼馴染が自分にとってかけがえのない唯一の1人であることを思い出すのだ。いつもいつも一緒に遊んだし、毎朝学校に行くときはうちによってくれて2人で登校したものだった。

いっしょにピアノを習いにいった。うちには漫画本が無かったが、彼女の家にはたくさんあって、いつも読ませてもらっていた。

彼女の家で鉄棒や池を作ると、うちも真似して作った。自転車に乗ったり、ローラースケートをやったり、お人形を買ったり、バッグを買ったり・・・

今思い返せば、だいたい彼女が先にやったことを次々に私が真似したのだった。
そうやって、一緒に育ってきた唯一の幼馴染だったことに今気づいた。
他にも、もっと気の合う友人がいて、そっちとは大人になってもやり取りがあったけど、とにかく先日亡くなった友人が、子供の時はすごく身近な存在だったんだと思う。
自分の姉妹よりも一緒に過ごす時間が長かったに違いない。

そうして、もし老後に故郷で暮らすとしたら、幼馴染とおばあさん同士で昔話でもして茶飲み友達になればさみしくないと思っていた。

・・・

でも、もうそれはかなわない。彼女はもういないのだ。

・・・

自分だっていつまで生きられるかわからないけど、それでも一応、今のところ健康なので、平均寿命程度まで生きるつもりでいる。

それにしたって、20~30回くらいしか夏は来ない。

・・・

そういえば、つい最近、近所に住むお年寄りが亡くなったのだ。80歳だったそうだ。

急に亡くなったので熱中症かもしれない。

そんなこともあって、自分はあと何回夏を迎えるんだろうと思ったのかもしれない。

こんなに暑い夏、毎年毎年耐えて越えるってこと。

老いた先を考えるのもちょっと不安だし、いつまで強く元気に暮らせるものだろう・・・と考えてしまう。そんな年齢になってしまった。