もう2日も過ぎてしまいましたが、11月22日は、いい夫婦の日だったそうだ。
いい夫婦・・・そんなの関係ない と言う人も多いだろう。
ま、私もあんまり興味なし。なぜならば、いい夫婦じゃないからね。どうでもいいや。
夫婦のあり方は、それぞれみんな違うから、どういう形がいい夫婦かなんてわからない。
人から見て変だと思っても、当人たちが良ければいいのかもしれないし、人から見ていい夫婦だと思っても、実は仮面夫婦かもしれない。夫婦の片方が満足していても、もう片方に不満が積っているかもしれない。だから、考えても仕方がないこと。いい夫婦でも、子どもにとっては、いい親じゃないかもしれないし、親にとってはいい子どもでもないかもしれない。夫婦揃って仲良く遊び呆けているかもしれないし、ま、いろいろあるだろう。でも、「理想の夫婦像」なんて虫唾が走る(冗談です)。そんなのありはしないさ。ま、適当なところでいいんじゃない?みんな不完全なんだ。
きりが無いから、夫婦の話題はやめておこう。
で、11月22日といえば、「ジョン・F・ケネディー暗殺の日」だ。それは、1963年の出来事で、もう47年も前になる。私は生まれてはいたが、当然記憶はない。
ケネディーの暗殺については、いまだに謎が多く、解明されないままになっている。概要を調べても、誰が何のために暗殺したのかよくわからない。オズワルドという青年が暗殺者として捕まったが、別の人間に射殺されてしまったそうだ。科学的に検証すると、ケネディーの頭部に当たった銃弾は、どうやらオズワルドが打ったものではないようだ。そのオズワルドを打った人間ももうすでに他界している。
他国の大統領が何十年も前に暗殺されたことは、現代の日本人には、あまり関係がない。それでも、結構関心は深いようだ。ケネディーの暗殺は、世界中の多くの人に衝撃だったようだ。通信衛星によって初めて伝送されたニュースの内容が、このケネディ暗殺事件だったことも驚きだったそうだ。
ケネディ暗殺の謎については、先日テレビでも取り上げていた。私自身、今年はいつもよりこのことに関心がある。
それは、最近このブログで時々取り上げている村上春樹の処女作「風の歌を聴け」のなかに、ジョン・F・ケネディの名前が何度か出てくるからである。主人公はたぶん1970年ころの大学生だ。
この小説は人の生と死について、何か言いたげなのであるが、ケネディの突然の死も、何がどうだとは書かれていないものの、主人公の心の中に大きな出来事として残っているようなのだ。主人公の年齢から考えると、ケネディの暗殺は中学1~2年のころであろう。それならば、いろいろと物事が見えてくる年齢なのかもしれない。
この作品では、人間は14歳くらいまでが無邪気に暮らせる年齢の上限のようなことも書いてある。20歳くらいになると人生の「不毛」さに気がつくのだろうか?ケネディは何のために死んだのだろうか?その死に意味があるのか?
Wikiを読んでみたら、オープンカーでのパレードは最初から危ないとされていたそうだ。防弾の透明カバーをつけた方がいいという周囲の意見に反して、本人の意向で無防備なままのパレードとなったそうだ。あらかじめ危険が予知されていたにも関わらず、どうして?とも思う。しかし、もう終わったことだ。時間は元に戻らない。人間はそんなに簡単に死んでいいものだろうか?でも、簡単に死んでしまうことがあるのが事実だ。
25年前の11月22日。それは私が最初に生む子供の出産予定日だった。実際には、その翌日の23日に生まれた。
夫の父親は、昭和38年10月22日に、仕事に行く途中の電車の中で、突然脳溢血で倒れて亡くなったそうだ。それは、ケネディ暗殺の1か月前である。東京オリンピックの開催は、翌年10月。楽しみにしていたのに、見ることなく死んでしまったそうだ。夫は、父親の月命日である22日に娘が生まれるのはいやだったようだ。それで、娘が生まれたのが23日でよかったと言った。
夫の父が亡くなった時、夫の家では、月賦でテレビを買ったばかりだったようだが、父親が亡くなったとたんに、電気屋が来て、夫の家からテレビを持ち帰ってしまったそうだ。一家の主が居なくなった以上、月賦が払えなくなると踏んだのであろうか。それまでに払った金額はどうなったのだろう。昔の田舎の出来事。父が死に、母子家庭になりテレビも無くなる。ひどい話だ。
夫の父の死方は、その突然さにおいては、暗殺と変わらない。ケネディ享年46歳、夫の父43歳。
夫の貧乏は当時に始まり現在に至る。
47年前、アメリカから日本に通信衛星を介して初めて送られてきた映像は、砂漠のサボテンだったそうだ。そして、それは日本時間では、11月23日の朝だった。その直後に、ケネディ大統領の暗殺事件の映像が映し出され、それを見た人々が大きな衝撃を受けたという。
生と死。宇宙と人間。
なんか、内容がめちゃくちゃになってきました。
どうやって、まとめようか???
ジャクリーン夫人は、夫ケネディが撃たれたとき、オープンカーの隣の席に乗っていた。
もうひと組の夫婦、テキサス州知事コナリーとその妻も同じ車に乗っていた。
コナリーにも銃弾が当たり、重傷を負ったが一命は取りとめたそうだ。
いつどうなるかわからないから、夫婦はお互いを大切にしよう。
あっ、夫婦の話にもどっちゃった。終わり。
(最初に書いた記事の期日の内容に誤りがあったため、一部書き直しました。)