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山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

引っ越し先は
https://ask0065.hatenablog.com/です

あきらめ半分

2006-03-04 13:55:34 | 未分類過去
明日ビジネスキャリアの試験なんですが、なんかかなり苦しい状況です。
練習問題をやってみると、どうしても正解率半々ってところです。
6文の中から正しいものを2個選ぶ問題なんかは、ひとつは合っていてももうひとつが間違っている場合が多く、その場合、その問題全部が不正解となってしまいます。
どのようにも読み取れるものなども中に混じっていて、どうしてもひっかかってしまいます。
そのような場合でも、あきらかに間違っているものが見つけられれば、うやむやなものに惑わされることもないので、やはり自分の知識がいい加減なのがいけないのでしょう。

例えば、著作権の問題で、「あるレコード会社が、著作権の保護期間がすぎたクラシック音楽のCDを製造販売しようとしている。このとき誰の許諾もいらない。」というような文がありました。これが正しいかどうかなんですが、私は正しいと思ったのです。
著作権の保護期間がすぎているというのは作曲者が死んで50年以上経ってるんだなと思いました。その作曲家の書いた曲を勝手に演奏して録音しCDに制作するのは自由だろうと思ったのです。
ところが、解答を見ると間違っているとのことで、「著作隣接権があるので演奏者の許可が必要」というふうになっています。
この文でいう「音楽」とは、「もともと録音されている音楽」という意味なのでしょうか。
私は「保護期間が過ぎている音楽」と言う文を読んで、「作者の死後50年以上経った、例えばベートベンか誰かの書いた楽譜」などと思いこんでしまいました。隣接権のこともアタマによぎったのですが、CDを作るために人を雇って演奏して録音して制作販売するわけだから、そのときの演奏者との契約は当然のことで、そこで権利の侵害問題が発生することは考えませんでした。
しかしこの場合、「楽譜を演奏する」などということは書いてないのでそれは私の勝手な思い込みでした。
この文は、以前レコード用に録音してあった音楽をCDにするという意味だったようです。
「音楽」は[楽譜]じゃないし、「製造販売」は「制作」するわけではないということか。例えば、もともとレコード用に演奏を録音してあった音楽で、作者は死んで50年以上経っているけれど、当時演奏した人は生きていて、録音したのが30年前というような場合を言っているのだろうか?と思います。
なんだかわけがわかりませんが、このような文が出てきた場合、多分に著作隣接権が問題点となり得るなと思うべきでした。

問題文の読解能力のまずさもかなりショックですが、このような問題は、著作権だけを知っていて隣接権を知らない人を引っ掛けるための問題であり、その問題出題者の意図を心得ていると怪しげなことがわかり、他の選択肢となる文の中でもっと正誤が明らかな文を見つけ出す力があれば、この文ひとつにつまづくこともないわけでした。

一事が万事こんな調子でいやになっちゃいました。
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朝のいらだち

2006-03-04 01:46:28 | 未分類過去
このあいだ、すすめられて講演会に行ったのと同じ団体の人が、今度また大きな規模の講演会に行かないかと誘いに来た。
それが、最初は留守中に置手紙があったのだが、その後いつだったか一回たずねてきて、そのあと又、平日の朝たずねてきたのである。

前回来たとき、手紙で用件を知っていたので、「その日は会社があるからだめです」と答えたら、「お休みをいただけませんか?」とのこと。「決算期だから休むわけにはいきません」と言うと、「お願いしてみなければわかりませんよ。早々とあきらめなくても。・・・とにかく休暇願いを出してみたら」などと的外れなことを言う。
「私は会社が忙しいときに私自身が休みたくないと思ってるんです。だからお願いもしません。自分が本当に会社を休んでまで行きたいと思いようなことなら、自分で休みます」と言った。
しかし、「この講演は山本さんに絶対に役に立つものだから今すぐに結論を出さないでぜひぜひ考えておいて」としつこく言われて、面倒くさいのでそのまま別れていた。
それで、また改めて誘いにきたというわけである。

この団体の人や宗教関係の人などは、週末や私の会社が休みの日などを覚えていて、そういうときを見計らってつぎつぎにやってくるので、休日はうんざりしてしまうし、恐怖にも発展している。せっかくの休日くらいそっとしておいてもらいたい。

私は休日は家にいても昼寝をしていることが多く、昼寝中は誰かがノックしてもいちいち起きて出るのが億劫だ。ところが、休日だからいないはずはないと思うのか、延々とドアをノックし続ける人などがいる。それでいやでも目が覚めてしまうのであるが、そうなるとそのしつこさに追い詰められて体が固まってしまい、ますます布団から出られないような精神状況になってしまう。
そして、全然関係ない電話などが鳴っても、もう取るのもいやになって放置している。それが何度も何度も数分間隔で鳴ると、もしかしたら何か緊急の電話なのだろうかなどと非常に不安になるのであるが、やはり電話を取ることができないような精神状況になっている。
一種の精神病ではないかと思う。

そのようなことを繰り返すうちに、休日を狙って来ていた人たちは休日にはあまり来なくなったのであるが、こんどは平日の朝や夕方に来るようになってしまった。

これもまた、私にとっては非常にストレスであり、夕方帰宅すると、それを見計らったようにやってくるわけで、どっと疲れが増してしまうのである。
朝は出勤時刻ちょうどに来たりして、「もう遅刻しちゃうんで、すみませんっ!」と無視するような感じでそのまま出かけてしまったことがあるのだが、そうしたら今度はその時刻よりも30分くらい早くやってきた。そして「お時間はとりません。ほんの2~3分で」などとニコニコしているのだが、こっちは自分の弁当をつめなくちゃ、化粧はしなくちゃ、髪の毛にもドライヤーをかけて寝癖を直さなくちゃ、伝線のないストッキングをさがさなくちゃ、などと言うときに、本当にはなはだ迷惑なのである。
それで、「時間がありませんからっ!」と一言言って相手にせず、門前払いを食わせるのであるが、なんか朝からげんなりとすごい脱力感である。

この人たちは専業主婦であるのだが、そういう人たちは団体活動や宗教活動を生きがいのようにしている。それで、私が仕事に出かけるよりも早い時間から準備をして家を出るわけで、その人たちは早朝に夫や子供の弁当を作り、化粧もし、すでにすべき物事を済ませてウチまで訪問してきているということである。
だから、「働いていない人間には出勤前の忙しさが判らないんじゃないのっ!」などと偉そうには言えず、逆に、出勤前にバタバタと時間に終われるような生活しかできない無能さを見せているようでもある。

しかし、こっちが生活のために必死で働いているときに、なんか同好会のような、趣味の集まりのような集団の人が2~3人連れ立ってぞろぞろ押しかけてきて、余裕で楽しく好きな活動に打ち込みながら、自分の都合のいいことを人に押し付ける暢気さに、言い知れぬ苛立ちを覚える。




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