多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

豊洲市場の開場と築地の今後

2018年10月18日 | 日記
10月11日(木)豊洲市場が開場した。一般見学も13日から始まったので15日に見に行ってみた。晴海大橋の手前から銀座方面の車道は渋滞していた。水産物や青果の業者の方は関係者なので、ある意味では環2暫定開通までの約1か月仕方がないともいえるが、都バスや江戸バス(区バス)の乗客はとんだとばっちりである。
まず水産仲卸売場棟へ向かう。豊洲は築地市場の約1.7倍、約40万平方メートルということだが、とにかく広く延々と歩かされる。まず到着するのが魚がし食堂だ。築地にもあったカツサンドのセンリ軒、親子丼の鳥藤、とんかつの小田保などが並んでいた。築地で早朝から外人客の列ができていた寿司大は、まだ外国人観光客がそれほど来ていないせいか以前ほどの行列ではなかった。寿司の価格は3000円から5000円程度。まれに2500円で食べられる店があると行列がすごかった。

すき間から1階を見下ろすだけの見学者コース
その先に仲卸の見学エリアがあった。しかし2階から1階を見下ろすだけで、それも店舗の屋根部分のすきまからのぞくような形で、ほとんど何も見えない。商品はほぼ何も見えない。出口のあたりに「魚がし横丁」という一般見学者も買えるエリアがあり80軒近い店が入っている。茶葉や海苔、つけもの、卵焼き、包丁、包装用品、ゴム長などの店はあるが、驚くことに魚や野菜を扱う店は1店もない

豊洲には、驚くことに魚や野菜を扱う一般客向け店は1店もない
豊洲の「売り物」のひとつ屋上庭園から下りるエレベータのなかで、「たったこれだけか? 少しぐらい店をみせてくれたっていいじゃないか!」というつぶやき声が響いた。乗り合わせたみなさん、納得の表情だった。歩くだけ歩かされ、まるでアトラクションのないTDL見学のようだった。
次に道路を隔てた水産卸売場棟に向かう。
ガードマンの方に「マグロのセリは何時からか。また人数制限はあるのか」と聞いてみた。「わたしたちには何も知らされていない」というので「どこで聞けばよいのか」と尋ねると「それもわからない。豊洲市場のサイトをウェブでみて判断してほしい」とのこと。東京都らしいお役所的な運営手法だと思った。
最後に青果棟に行った。通りに、なのはな、いちご、えんどう、わさび、さくらんぼ、などのプレートがあり、それぞれ生花、果物、野菜などの店が集まっていたので、少し期待する。しかし水産物と同じく天井方向のすき間からのぞく感じで臨場感はまったくなかった。
築地に比べ、見学客にとって交通事故の危険を感じず歩ける市場でその点はよかったが、肝心の魚や野菜といった商品を見ることも買うこともできない市場なのだからつまらない。

仲卸し売場棟の屋上庭園
豊洲は移転前からいろんな不具合が指摘されていた。10月9日の文春オンラインに要点がまとめられていたのでポイントを紹介する。
 1 建物が傾いていて9月上旬に横幅約10メートル、段差約5センチの大きい「ひび割れ」が発見された。しかも都はその事実を把握しながら隠ぺいしていた。埋立地なので、地盤が弱いようだ。
 2 床が薄くターレが走り回るには床耐荷重が足りない。たとえば2.5トン積めるフォークリフトなのに800キロの積載制限を設けている。床が抜けないようにという予防策なのだろう。
 3 自慢の地下水管理システムだったはずなのに、9月下旬、汚染水がマンホールから噴出した。
 4 湿度が高い。カビが生えるかもしれない。
 5 水産物と青果との買い回り動線を考えていない設計
 6 サイドが開くトラックに対応していないトラックヤード。
 7 卸棟と仲卸棟をつなぐターレ用地下道を泥縄式でつくったが、狭くてカーブが多く危険

  ・・・など。
そういえば、マグロの解体ができない仲卸店舗の狭さとか、昨年8月には長雨のせいで90店舗以上でカビが大量発生ということもあったが、どうなったのだろうか。
また、そもそもの大問題、土壌汚染とそれに伴う有害な汚染地下水、そして「食の安全」が何も解決されていない

「見学は9月29日で終了しました」とのパネルをもつ警備員
これに先立ち10月6日(土)は築地市場閉場の日だった。前日までの小雨が上がり、9月並みの暑さが復活した日だった。
勝どき門はいつもと同じようにトラックや車がたくさん出入りしていた。波除神社の前には、移転反対の「築地でええじゃないか」の大きな旗の前で「豊洲で不備が発覚すればいつでも築地に戻ってくる」というスピーチの声が聞こえた。
海幸門は開いていたが、警備員が「水産・青果仲卸売場の見学は9月29日で終了しました」というパネルを手に、一歩も売場の方向には進めないようバリケードを張っていた。そ一方、警備員や市場の方向にカメラを向ける一般観光客がたくさん並んでいた。
ただいつも外国人観光客が列をつくっている8号館の大和寿司や寿司大は、数日前に閉店ズミだったが、牛丼の吉野家1号店は客が群れをなして並び「最後尾はこちらです」というプラカードを手にしたスタッフが対応していた。

さらに1週間前の9月29日(土)の午後、築地市場から霞ヶ関の農水省へ向かう参加者300人(主催者発表)の大きなデモが小雨のなか実行された。
有名な方では、共産党の笠井亮衆院議員、吉良よしこ参院議員、宇都宮健児さんなどが参加していた。
東京ガスの工場跡地で、いまも有毒物質満載の汚染地であること、豊洲市場は床加重が不足している件、開場間近なのに壁のひび割れがみつかった件など、「築地市場はまだ100年もつ。豊洲市場はポンコツ市場」とデモ隊の声が築地に響いた。

7枚の「解体工事のお知らせ」
築地市場の境界フェンスには解体工事のお知らせが7枚並んでいた。青果卸売・仲卸売場、青果別館、水産仲卸売場、東卸冷蔵庫など7工区に分けそれぞれ2-3社の共同企業体(JV)で施工するからだ。「発注者氏名 東京都知事小池百合子」という名前がやけに目立った。2年前の都知事選では、「立ち止まって考える」とアピールしていたのに2年立ち止まっただけで、根拠のない安全宣言を出し、いまでは解体工事の「責任者」である。皮肉というか、なんとも感慨深い。

閉場の日の場外市場は、いつものとおり、外人観光客が大入りだった。一見歩行者天国の道路にみえるが、警備員は「ここは車道です。車両の通行を妨げないよう、通すようにしてください」とスピーカーでテープを流しながら歩いていた。
しかし魚や野菜を一般客が買えない豊洲は問題だが、市場のない築地場外市場も、そのうちボディブローのように影響が効いてくるだろう。

関東大震災後の1835年に開場して以来83年の歴史は終了した。前日の金曜には、「これを機会に廃業する」と昼にあいさつを兼ねて近所の豚カツ屋に「最後の食事」に来た業者の方も多かったそうだ。
これから築地がどうなるのか。2020東京オリンピック終了後の跡地利用のプランが決まらないと何も決められないかもしれない。アベが望む国際カジノ場になるかもしれないし、中央区が本腰を入れ、来年7月からますます活発化するホテル街になる可能性もある。
だれも体験したことがない築地の新たな世界が始まる
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