君の食するところを言いたまえ。

君がどんな人物かを言い当てよう。ブリア・サバラン___________(フランスの美食家)

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Tokyo Imperial

2009年09月27日 13時07分35秒 | blog
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2008年の晩秋、主催する掲示板の集会があった。

ここで言う 「掲示板」 とは、コンピュータのプログラム、CGI (Common Gateway Interface) を使用してインターネットでの交流を楽しむオンライン・ボード、CGIプログラムを利用したオンラインの交流方法のことを指し、2ちゃんねるYahoo! 掲示板等が有名だ。
レンタルで無料の掲示板プログラムもあって、こういうサービスを利用して遠く離れて住む者同士が日常的な会話を交換するシステムである。

インターネット内の掲示板システムを利用して交流や親睦を営んでいる場合、インターネットでの交信が 「オン」 で、インターネットを使用しない交流のことを 「オフ」 と言う。
通常とは逆だ。

故に通常はインターネットを通じて交信しているメンバー達と、実際に面会することを 「オフミ」 (オフ・ミーティング) とか 「オフ会」 (オフの会合) などと表現する。
インターネットで拙ブログをご観覧の皆様には、余計な説明ではあるが。

2007年の暮れにオフ会を開催したら翌年も開催することになった。
一年に一度程度なら負担も少ないと思った。
初回の会場が愛知だったので、翌年の2008年は東京になった。
どたキャンOK、飛び入り歓迎、日時と場所だけを告知し、出来る限り事前予約を必要としない場所を選択する。
掲示板にオフ会の開催場所と日時、大雑把な予算と構想を書き込み、それを見た人なら自由に参加して良く、事前の予約も打ち合わせもないシステムだ。

当日、誰がどこから来るのか、予想のつかない気楽なオフ会計画が効を奏した様で、初年度も、翌年度の2008年も、補欠を含めたサッカー・チーム程度の人数になった。

いくら不特定多数の自由参加でも、参加者が50人、100人という規模になることは考えられない。
事前予約が必要のない飲食店を探すのに、さほど苦労はしない。
それでも軽くあたりを付けて電話で確認はしておく。
10人程度か、多くても20人前後、当日にならないと数がハッキリしない。
「あ、大丈夫です。念のため、お日にちと、お時間を・・・お客様のお名前は?」

問題は、どこに集まるか?
誰にでもわかりやすい場所、迷わない場所。
早めに到着する人がいても順次合流することができて、時間までの歓談を楽しめそうな場所。
東京で。

帝国ホテルに宿を取り、そのホテルのルームナンバーを待ち合わせの場所に決めた。
帝国ホテルなんて所は、静岡の田舎者が宿泊するような施設ではないと思っていたので、恐る恐る予約を入れてみた。
歯医者に予約を入れるよりも簡単に、アッサリお客様になれた。
なんというか・・・お金さえ在れば、身分も教養も、血筋も関係ないと・・・当たり前だけど。
そのお金すら、払おうと思えば払える金額で、帝国ホテルに泊まる代金と、家族で焼き肉を食べに行く代金では、どちらの出費が高額になるのか微妙なところだ。

一晩寝る為だけに支払う金額と思えば、さすがに贅沢だなぁと思うけれども、一生のうち一度ぐらいは泊まってみても悪くない。
ツインの部屋を予約した。



当日。
そのオフ会に参加する人は、チェック・インの時間である午後3時以降であれば、いつでも、帝国ホテルのフロントで宿泊者の名前を告げて面会を希望すれば良い。
この待ち合わせ場所は合理的で、気兼ねなく、自由で快適な、誠に良いプランだと思った。

夕方になり、次々と面会者が現れた。
同じ部屋に宿泊した愛知の婦人と交代でロビーに来客を出迎えた。

インターネットで予約した部屋は、安価な代償としてロビーまでの距離があった。
部屋を出て長い廊下を歩いてエレベータ・ホールに向かう。
宿泊者専用のエレベータで宿泊者用のエントランスまで降りて、一般フロアまで歩く。
一般フロアの廊下を歩いて一般来客用のエレベータに乗り、ロビー階まで降りる。
ロビー階からロビーまでの距離を歩く。
ロビーで来客と会ったら軽く挨拶をして、来客と二人で元来た道を、部屋まで引き返す。

帝国ホテルの正面玄関を入り、帝国ホテル内にある部屋まで歩くのと、静岡駅に降りてから、静岡駅前にあるホテルの部屋まで歩くのとでは、どちらが近いか?
来客のたびにロビーまで出迎える仕事は楽ではなかった。
しかし、既にチェック・インを済ませた宿泊者でなければ通り抜けられないセキュリティーもあったし、都度ごとに出迎えなければ館内で迷うのだから仕方ない。

部屋でくつろいでいれば、順次到着した参加者が部屋まで勝手に来てくれるもんだと思って計画したプランは、予想に反して非合理的だった。

部屋自体は広く、バスルームさえ5~6畳はあろうと云う広さで、宿泊者の他に客人が4~5人居ても狭いとは感じなかった。
冷蔵庫の中にはドリンクが詰まっていて、ミニバーもあった。



長い廊下を歩いてホテルの外に出かけ、コンビニでドリンクを購入し、巨大な館内を歩いて戻って飲み物を確保するより、部屋に用意されていたドリンク類を利用する方が合理的だったので、そのようにした。

それに、帝国ホテルのロビーにあるティールームは普通の喫茶店とは違う。
大正、昭和のパリやロンドンのリッツで修行した歴代のシェフ達が帝国ホテルの総料理長を勤めている事でも想像がつく、そのメニューはお1人様 2,940円のアフタヌーン・ティーのセットか、お1人様 3,990円のシャンパンのついたアフタヌーン・ティーのセットで・・・若干お上品過ぎた・・・その金額が。

それに比べたら、ゲスト・ルーム内の冷蔵庫にあるドリンク類を全部飲み干したって気楽なうえに安上がりというものだ。



早めに到着した参加者達と、ホテルのゲストルームで歓談をして過ごし、日没が過ぎ窓から見える都会の摩天楼に灯がともる頃、オフ会のメイン会場である銀座の老舗ビア・ホールへと皆で移動した。



ビアホールには既に直行組が来店しており、その後も何人かの参加者が直接ビアホールに来て合流した。
総勢で何名だったのか記憶にないが、テーブルの右端と左端では声も料理も届かなかった。

各自好きな料理を注文し、目の前にある料理をいただいた。
誰が注文したのか、立派なタラバガニがうまかった。
自分が注文したはずの料理は遙か彼方で食べ尽くされており、遠くで笑い声が聞こえ、反対側からは議論に熱中している声が聞こえた。



明治時代から銀座で営業を続けているビア・ホールの老舗では、アイスパインというドイツ料理を食べる事を楽しみにしていたわたしは、早速それを注文した。
まさか注文を受けてから煮込んでいるのでは無いだろうかと心配になった頃、その皿が出てきた。
乾杯の挨拶の時にテーブル・マナーについても一言添えた。
「本日のテーブル・マナーは "生存競争" ということで、よろしくお願いいたします」
つまり、奪い合わなければ口に入らない形式だ。
誰かが取り分けてくれるのを待っていたら、何も食べる事が出来ない。
しかし、自分の注文した料理は、必ず誰かに分け与えるように。

今さらの様に思う。
あのアイスパインは旨かった。
また、銀座に出かける機会があったら是非立ち寄って、もう一度食べたいものだ。



ビールを二杯、目的のアイスパインと少しの料理を食べたら、わたしはすっかり気が済んでしまった。
宴会は盛り上がっており、様々な話題が飛び交っていた。
同じ部屋に宿泊する愛知婦人にだけ、こっそり挨拶をしてエスケープしようと思ったら彼女も退席したいと言い出した。
他に行きたいところがあった訳ではないのだ。
普段が田舎暮らしの主婦なので、ただ飲み食いをして歓談し続けることに馴れていないだけなのだ。
自宅に来客があって料理や酒を振る舞う時は・・・正月など・・・主婦は台所にいて、自分の食事はさっさと済ませる。
宴席には、時々給仕で顔を出す程度が主婦の役目なのだ。
何もしないで席に座り、運ばれてくる料理を食べてビールを飲んでいたら、疲れてしまった。

「明美ちゃんが帰るなら私も一緒に・・・」
「あなたはもっと飲みたいでしょう? 帰りの道は心配しなくて良いんだよ、タクシーの運転手さんが知っているから」
「そんなこと言わないで、私も帰りたいのよ」

そう・・・じゃあ二人で、こっそり抜けだそう。



こっそりと、目立たないように、と思っていたのだけれど、中座そのものが目立ってしまった。
積極的に会話に参加していなかったのだから、コッソリ抜けても大丈夫だと思ったけれど、中座自体が宴席に水を差してしまった。
トイレにでも行くようなふりをして、静かに中座するテクニックも馴れていないと上手くは出来ないようだ。

後で聞いた話によれば、その後も宴会は続き、大いに盛り上がり、充分歓談が出来たようで、なによりだった。

ビア・ホールを出ると店の前にはタクシーが並んでいた。
愛知婦人と目の前のタクシーに乗り、行き先を告げた。
「帝国ホテル」

タクシーの運転手さんにはね、わたし達はきっと、こんな風に見えるかもしれないよ。
「亭主の留守に東京に出て来て、時々夜遊びをしている、地方の奥様ふたりづれ」
内緒話のように彼女の耳に吹き込むと、彼女はタクシーの中で愉快そうに笑った。
あんまり彼女が笑い転げるので、運転手さんが声をかけた。
「ご旅行ですか?」
そのリアクションに、わたし達ふたりは顔を見合わせると、目と目で合点し、大笑いをした。
タクシーがホテルのエントランスに滑り込むと、ホテルのドアマンが近づいてきた。

部屋に戻って交代で風呂に入ったり、テレビを見たりして過ごし、ちょっと横になるよと言ってベッドに寝転んだわたしに向かって彼女は何かを話しかけた。
何を話しかけていたのか、まるで覚えていない。
わたしは、横になったら5分で、布団に入れば3分で、熟睡に入ってしまうのだから。



わたしは夜明け前に目が覚めた。
彼女はまだ寝ていた。
彼女を起こさないように、ご来光の出現を楽しむことにした。

コーヒーを淹れ、夜明けの東京を眺めた。
風呂に湯を張り、シャワーも浴びた。
テレビはつけないで、彼女が目覚めるまで、静かに過ごした。
とても静かな朝だった。



朝日がビルの間から輝いたと思ったら、突然ホテルの部屋が光が差し込み、部屋全体が金色の光に包まれた。

これはすごい。

あまりの壮観に、思わず彼女を起こしたくなった程だったが、我慢して、ひとりで光があふれる様子を楽しんだ。



こんな素晴らしい光景を眺めるのには、コーヒーだけでは物足りない。
朝っぱらから不謹慎な感じがしたけれど、不謹慎な程がちょうど良い。
グラスにワインを注ぎ、刻々と変わっていく東京の夜明けを鑑賞した。

田舎の村では、まず、見ることは出来ない。



じつに素晴らしい。
なんて、素晴らしい。
ああ素晴らしいと感激していたら携帯電話が鳴った。
その物音で彼女も目覚めた。

電話の主は三宮兵庫 (さんのみや・ひょうご) 氏 で、彼は東京でのオフ会に参加するために兵庫県から来て、近くのホテルに滞在していたのだった。
一緒に帝国ホテルの朝食バイキングを食べようと言う約束をしていた。



バイキングという形態のサービスを、日本で一番最初に提供したのが帝国ホテルであり、発案者はムッシュ村上。
NHKの 「きょうの料理」 では
「これでよろしいですね」
「全然むずかしくありませんね」
「ベリーグッドです」
が口癖だった、秋山徳蔵門下のグラン・シェフ村上信夫氏だ。

ムッシュ村上の 「きょうの料理」 や、堺正章扮する秋山徳蔵物語、「天皇の料理番」 を楽しみに観ていたわたしは、一度は帝国ホテルに泊まってみたいと思っていたので、その日は念願が叶った気分だった。

お日柄も良く、ご来光も拝み、少しばかりのワインでほろ酔い加減。
目覚めた愛知婦人には朝風呂をすすめ、三宮兵庫氏の到着を待って、上機嫌で朝食バイキングを食べに出かけた。



朝食バイキングの名門 (?) とあって、午前7時を過ぎると行列が出来ていた。
三宮兵庫氏は、朝食の時間内に席に着けるんかいなと言い
愛知婦人は、食べるものが無くならへんかと言った。
なんとかなるずら、と、わたしが答えた。

農協のツアーで村の衆と観光旅行に出かけると、朝は決まってバイキング。
バイキングは落ち着かない。
皿を持った人がうろうろ歩き、同じテーブルに座っている人も立ったり、座ったり。
バイキングとハイカラに言うだけで、所詮は下品な 「食べ放題」。
朝食が選択できるものならバイキングでない朝食が出てくる宿を選ぶくらい、朝食のバイキングというものは、ホテルの手抜きか、浅ましい客達の "お里が知れる" 朝食ぐらいに思っていたわたしは、正直期待はしていなかった。

ただ単に、フレンチ界の名シェフ達を排出してきた帝国ホテル名物の、あの、伝統のバイキングを、一度は食べておかないと・・・と思っていただけで、そうでなければ朝食は、コンチネンタルか、アメリカンで充分だなと思っていた。
朝からそんなに食べれるわけもない。

これで満腹になってしまうんだろうなと思いつつ、大好物のクロワッサンと、コーヒー。
これがまた旨い。
先ほど飲んだワインのせいもあって、段々食欲が湧いてきた。



普段暮らしている山奥の村で、毎日食べているような野菜類、サラダ類、芋、豆、穀物のたぐいは米も含めて一切取らず、肉、チーズ、ソーセージ、パン。

我が家で食べている米は、とくに上等の米ではないけれど、わたしは生まれた時から朝食はパンで、朝食には米飯よりもパンの方が好きなのだ。

卵もねー、近くに住む叔母が養鶏農家なので、いかに帝国ホテルのスクランブル・エッグが旨いと言われても、あんまり興味は無いんです。
そりゃアンタ、放し飼いにしてあるニワトリが、さっき産んだばかりの卵を、北海道産の発酵バターで焼いてごらんなさいよ。
死ぬことはないけれど、死ぬほど旨いから。
どれほど帝国ホテルのシェフの腕が良くても、毎日そういう卵ばかり食べてるわたしが驚くほどの卵焼きなんて、ホテルの庭で養鶏でもしない限り、出てくるはずもないんだから。

それ以外のものは、村では食べたことがないようなご馳走ばかり。
子供の頃にデパート (百貨店) で見た 取り放題の
「お菓子のメリーゴーランド」
に、再び巡り会ったようなときめきがした。
"もはや戦後ではない" とはいえ、昭和40年代当時の概念では
「庶民のくせに、そういうものを欲しがる子供の親が悪徳」
という、妙に屈折した教育の結果、就学前の子供ですら、親に恥をかかせる事の方を禁じられていた。
故に終ぞ一度も購買したことのない、夢に見、憧れていたお菓子のバイキング界の、そこはラス・ボスの鬼城だった。
魔法の美食宮殿で、戦うフード・ファイターに変身したわたしは、素早い計算と鍛えた直感、腹具合を無視した技を駆使してバイキングを攻めた。

「しっかし明美ちゃん、よう食べるなぁ」
三宮兵庫氏が、わたしの食べっぷりに驚いて言った。
「そう?」
朝だし、食欲ないし、あんまり食べてないような気になっていたんだけど、他人が見たら、3人前は軽く食べていたようだった。
「もっと食べてるんじゃないの? その割には、痩せてるのよね、あなた」
愛知婦人も、わたしの食べっぷりに呆れていた。

帝国ホテルのバイキング、それは凄く旨かった。
どれを食べても美味しかった。



あこがれの帝国ホテルに宿泊できた事は、とても良い思い出になった。

なにより、一緒に泊まってくれた相棒が、気の置けない (遠慮のいらない) 愛知婦人だったことが、何より良かった。

彼女には朝食の折、こんな文句を言われたのだ。
「ゆうべのこと、明美ちゃん何も覚えていないんでしょう?」
もちろん・・・ぜんぜん覚えていないけど、それが何か?
「明美ちゃんが聞いてくれているものだと思い込んで、私はずっと喋っていた」

ベッドに横になったわたしが、3分で熟睡してしまったことに気がつかず、彼女は、わたしが黙って彼女の身の上話を聞いているものだと錯覚して、ずっと語りかけていたそうだ。
「そ、それは申し訳ない・・・全然覚えていないよ」

それに・・・あのいびき!
「突然ぐぉーって、うなり出すから、それで明美ちゃんが寝ていたんだと気がついたんだけど、そのあと夜中まで、ぐーぐー、がーがー、すごくうるさかったのよ、知らないでしょう?」
知るわけないよ、自分のいびきなんか。
「あなたは気持ち良さそうにぐーぐー寝てたけど、お陰でわたしは眠れなくて。
用心の為に持ってきた睡眠薬を飲んでも、まだ眠れなかったのよ」

そう・・・一緒に泊まった相手が、恋人だとか、ボーイフレンドでなくて、本当に良かった。

居ないけどね。

      
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ご精読ありがとうございました。 (著者)
2009-09-30 03:22:28
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悪しからず御了承くださいませ。

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