リビング プレイズ

何気ない日常の日々感じたことを綴ります。

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子どもの犯罪

2006年11月26日 | 子ども論
11月26日 日本テレビ

ZERO特別版 「激撮・警視庁刑事」

途中から見たので、詳しいことはわかりませんが・・・

印象的だった場面がありました。

それは、殺人を犯して、服役した少年のインタビューでした。

「あの時、少年院でなく刑務所に入ったからこそ、今の自分がある。自分の罪の重さを知ることが出来たと思う」

犯罪を犯してしまった子は、最初はそれほどすごいことをしてしまったという自覚がないようです。

でもそれは子どもの責任なのか・・・

大人がきちんと教えるべきことを教えていないからだと指摘がありました

きちんと教えずに成長し、手におえなくなったから社会に放り出してしまう・・・

これでは本当に自立しているとはいえません。

そんな風に、育てられている若者が増えてしまったら、その子どももまた教えられずに育ってしまいます。

それを防ぐためには、

地域で子どもを育てるという姿勢がますます必要になってきているのでしょう。

でもこの地域で・・・というのもそれぞれに価値観が一人一人違っていて難しいようにも思います。

共通の規範・・・

大人も常に教えなくてはならないこと、こういう時には注意しようということを、学習する機会を持たなくてはならないように感じます。

刑事さんは、犯罪を犯す少年は、「何で殺してしまったんだろう。殺すまでするつもりはなかった。」と後悔していると言っていました。

少年犯罪をこれ以上エスカレートさせないためにも、

大人がまず変わっていかなければならないように思いました。


多少の失敗は子どもにとって必要なのでしょうが、

とりかえしのできない失敗をすることは絶対に防がなくてはいけません。

今、子ども社会に起こっていることは、大人が作り出したものなのかもしれません。





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赤ちゃん成長の不思議

2006年10月24日 | 子ども論
先日、NHKスペシャル「赤ちゃん成長の不思議」という番組を観ました。


それは、生まれたばかりの赤ちゃんの成長過程を、科学的に分析しながら追って行くものでした。

生まれたばかりの赤ちゃんは、人の顔を識別できたり、歩行原始という手を持って支えてあげると歩く格好をする・・・等非常に高い能力を持っているようです。

そしてそれは、3ヶ月ないしある時期になると消失していくものであるそうです。そしてその一見して退行現象にみえることが、発達の過程の一部だということです。

つまり、それを通してさらに、次の高度な運動へと移行していくらしいです。


赤ちゃんにかぎらず、人間の成長には共通するものがあるな~とテレビを観ていて思いました。
             

そして、さらに興味深いと思ったのは、中国語で話しかけるDVDを赤ちゃんにみせた時の反応と、実際に映像に写っていた人が直接赤ちゃんに話しかける時の反応を比べたところ・・・

映像からの関わりに関しては、見て、聞いてはいるもののほとんど学習効果がなく、直接話しかけた時は、良い反応を示していました。

この実験から、赤ちゃんには直接関わり、話しかけることが、言語の発達にも良いことが解かりました。

テレビばかりでは良くない・お母さんが関わることが良い等、日常耳にしますが、こうしたことが、科学的な解明も加わると、かなり説得力があるように感じました。

また、同じ赤ちゃん同士の関わりも重要であるようで、寝返りや、つかまり立ち、ハイハイなども、側で他の赤ちゃんがしていると、自然に影響されてできるようになる・・・なんてこともあるようです。


赤ちゃんのころから、お母さんやお友達、様々な人と関わることは、赤ちゃんの能力を伸ばすことにもなるのですね。

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家庭力

2006年10月13日 | 子ども論
親の関心 学力伸ばす

10月13日の読売新聞に掲載されていた記事にこんなタイトルがありました。

それによると、「子どもの学力には、親がどれだけ子どもと関わりを持っているかどうかが影響する」とのことでした。

夕食を一人きりで食べることが多い子や親が子どもの成績を知らなかったりする家庭の子どものほうが、調査によると、学力が低い傾向があるらしいです。

すべてがそうとは言えないのでしょうが、確かに子どもに関心がない・・・というのはいただけません。

最近の傾向として、親の側も、わが子に対して理解がありすぎる・・・こともあるように感じます。

いけないことをしていても、「みんながしていることだから」と叱らないでその場を取繕ってしまったり・・・

叱る・・・というのは愛情であると思うのですが、そこのところが何だかずれてしまっているように思います。

わが子を叱ったり、教育したり、勉強をさせたりすることはとてもエネルギーを要することです。

子どもだけでなく、親の側も努力しなければならない・・・ということなのでしょう。



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習い事

2006年10月12日 | 子ども論
習い事

習い事は必要か、何歳ぐらいになったら始めるのが良いのか・・・

子どもが成長してくると、そんなことをいろいろと考えだすものです。

何もしなくても、どんどん自分の好きなこと見つけてしまう子どももいれば、「あれだけ手間やお金をかけたのに何の効果もなかった」と嘆いてしまう子どももいるでしょう。

自分自身が子どもの頃・・・それこそ○十年前の話ですが、何でもやってみたい・好奇心いっぱいの子どもでした。

幼児の頃は、まだ早いという大人の声には耳も傾けず、ピアノを習い、習字を習いました。ピアノは高校まで続き、なんとか幼児教育では役に立ちましたが、それほど「すごい」腕前ではありません。けれど、今でもちょっとしたポピュラー音楽などひまな時に弾くとストレス解消になります。

小学校では、学習塾・そろばん・スイミングスクール・ガールスカウト・・・何だか今時の子どもみたいです。

けれど、強制的にやらされたのではなく、すべて自分で「やりたい」といったものばかりでした。

自分で自発的に行ったものは、自分で時間を組み立てるので、それほど大変ではないのかもしれません。

習い事は、いつ頃から始めるのがいいのか・・・というのは個々によって違うのでそれは決められないのではないかなと思います。

けれど、それによって振り回されてしまったり、ストレスを感じたりするのであれば、まだその時期ではないか、または他のものをを見つけたほうが良いのではないでしょうか。

ガールスカウトですが、私の子どもの頃は結構さかんでした。

この活動から学んだことはたくさんあります。

キャンプでは、設営、かまどの作り方から始まり、竹を使って、テーブルや椅子なども作ったり・・・ロープワークや手旗信号等も教えて頂きました。

今思うと、時間がゆっくり過ぎていく時代だったのかな~と思います。

だから適当に息抜きもできたし、それほど費用もかからなかったような・・・気がします。

今の子供達は大変ですね。けれど逆にみればよいものは豊富にある時代です。

上手に選択して、活用すれば、得るものも沢山あるのでしょう。





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子どもの体力

2006年10月09日 | 子ども論
子どもの体力が落ちている

という新聞記事を読みました。確かに今の子ども達は、歩くことが少なくなっているな~と感じます。

時間に管理されてしまっているのでしょうか?いつも忙しくあわただしいのでつい車に頼ってしまいます。

そうなってくると、車での移動を想定した時間の組み立てになってしまいます。

子ども達も生まれたときからそのような生活に慣れてしまっています。

そうさせてしまった私達大人の責任でもあるのかな~なんて思います。

 
 しかしそれはさておき、私の住んでいる市では、車は必需品です。どうしてかといいますと、都市部と違い、バスもいつでもどこでも走っているわけではありませんし、電車も本数が少ないからです。

けれど、子どもの体力・・・といいますと結構あるのではないかと思います。

それは、少年野球やサッカー、空手などスポーツがさかんだからです。

我が家の息子たちも、小学校に上がるとすぐに空手を始めました。それまではちょっとひ弱な感じのする子どもでしたが、異年齢集団のなかで心身ともに鍛えられたように思います。冬の寒い日の朝練などはふるえていましたが、なんとかやり通しました。

また、4年生になると今度は集団でできるスポーツに・・・ということで少年野球に入団しました。ここでも沢山の仲間や先輩、そして監督やコーチに鍛えられました。

中学でも野球を続け、さまざまな困難を乗り越えながら頑張ってきました。

もちろんその間、塾にも通い、なんとか勉強との両立もしてきたのではないかと思います。

都市部と違って、中学受験をする子どもがあまりいないというのもプラスになっているのかもしれません。


 車に頼ってしまう生活ではありますが、十分体力もつき、成長しました。

まだまだこれから成長しなければならない点も沢山ありますが、子育てで大切なことは、あまり一方に偏らないことなのではないかと感じます。

子育て中は、その時その時の流行みたいなものがあって、例えば「母乳が絶対」とか「ゆとり教育」とか・・・そのどれもが大切なことではあっても完全ではないということです。

その時の流行を取り入れながらも、それにふりまわされないことがポイントなのかな~子育てに模範解答なんてないのですから!
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継続は力なり

2006年10月07日 | 子ども論
今の子ども達は本当に忙しいと思います。

 我が家の子ども達をみていても、学校・クラブ活動・塾・・・

 毎日、毎日そんな生活に付き合っている親もまた大変。

 そんな風に思っていました。

 けれど、そんな生活が続いていましたが、ある時ふと楽になってきたように感じることがありました。

 内容が変わったのでしょうか?

 そうではありません。その状況に体が、慣れてきたのです。

 体がそのリズムを身につけてきたというのか・・・

 とにかく、ひとつのハードルを乗り越えたのでしょう。

 昨日、ご紹介した「自分の脳を自分で育てる」という本の中にも、

 ☆勉強する学習で、いなかの一本道を高速道路にするただ一つの方法は、繰り返し勉強して、脳の細胞と細胞の間に何度も何度も情報をながすことです☆

 とあります。

 これは、例えば野球などで、毎日、あきらめずに素振りをしていたら、ある時すーっとバットに球があたるようになった・・・なんていう経験と同じことなのでしょう。

 確かに一人一人の能力はあるかもしれませんが、人間の脳・・・特に20歳までの脳は限りなく発達途上にあるようです。

 ですから、やはりあきらめずに、日々「努力」するということは大切なようです。

 たまには息抜きもしなくてはいけませんが、継続は力なりということです。

 
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子どもの脳

2006年10月06日 | 子ども論
子どもの脳

 脳が疲れている・・・というと一昔前では大人のことと思っていましたが、最近ではどうやら子どもにも多くみられるらしいです。

 それも、1,2歳児までにもその傾向が見られる場合もあるというのですからちょっと驚いてしまいます。

 ビデオ、ゲーム、携帯電話・・・映像メディアの影響も原因の一つであると考えられているとのこと。

 原因の一つであってすべてとはいえないでしょうが、確かに今の子ども達は、これらの映像メディアを自分でコントロールできずに、支配されてしまっているように感じます。

「自分の脳を自分で育てる」という本が子供向けに出版されています。



☆自分の脳を自分で育てる 川島隆太/ くもん出版

 この本には、人間が活動する時には脳のどこの部分が多く使われているか、自分の脳をかしこく、たくましい脳にするには、どのようなことをすれば良いのかが、子どもがわかりやすいように簡単なことばや、写真、図等を用いて書かれています。

 人間が物事を考えたり、命令を出したり、抑制したりするのは、前頭前野の働きによるものです。

 その前頭前野はどのようにしたら活発に動くようになるのか・・・

 ねむいなーと思っている時には脳は疲れている・・・

 脳のエネルギー源はブドウ糖と酸素であり、そのためには朝ごはんをしっかりととることが大切である・・・

その他さまざまな、役に立つことが書かれています。

 自分の脳をこのように科学的に分析して、コントロールするように努力していくこともこれからの、情報過多社会においては、必要なことかもしれません。
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学力低下

2006年09月09日 | 子ども論

  生活リズムと学力低下

 今朝、ニュースで起床時間と朝食の有無などと、学力との関係を調査した結果について発表されていました。

 それによると、7時前に起床した子ども、朝食をとって登校した子どもの方が、学力テストの点数が高い・・・とのことでした。

 2002年の教育改革により、「ゆとり教育」が開始されてから、4年。今では「ゆとり教育」が学力低下を招いたとの報告もされています。

 確かに、朝から晩まで塾やお稽古事でスケジュールがつまってしまっているような生活では、真の学力は育つはずはなく、そこから「ゆとり」という考え方が出てきたのでしょう。

 けれど、ゆとりという名のもとで、「勉強が嫌ならしなくてもいい」等の傾向が強くなってしまったのかな~なんて感じます。勉強にかぎらず、苦手を克服する努力・は大切なことでそこから得るものは大きいように感じます。

 ゆとりがでても、ゲームの時間が長くなったり等で、昔の子ども達が体験していたような「自然の中での遊びを通して想像力を養ったり、仲間との関わり方を学ぶ」時間にはならなかったのでしょう。

 ゆとりはあったほうがいいはずで、その分、就寝時間を早くする、朝食をきちんと摂らせるなどの生活リズムの建て直しに用いる必要があるのかな・・・

 いずれにしても、乳幼児期の生活は重要ですね。そこが土台になっているのでしょうから。

 それから、勉強というと抵抗を感じるかもしれませんが、自然な形で乳幼児期から絵本を読んだり、音楽を聞かせるなどの工夫は必要なのではないでしょうか。

 今朝のニュースをみていてそんなことを感じました。

 

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ちょうどいい・・・

2006年08月28日 | 子ども論

 あいだ みつを

 友人から“クッキー”をおみやげに頂きました。

 中が空洞になっていて、あいだみつおさんの詩が書いてある紙が入っています。

 クッキーを食べるとそれが出てきます。

 独特の個性的な字で書かれています。

 こんな詩が入っていました。

張りすぎてもだめ

  たるんでもだめ

  ちょうどいいあんばいが 一番いい

  なるほどな~と思いました。

 私も人生半ばにさしかかりましたが、

 子育て始めたばかりの頃は、点でものごとをみていました。その標準に合っていなければだめ・・・と  いうよりは合わせるために一生懸命。

 だんだんいい加減になってきて、「どうにかなるさ」と長いスパンでみるようになりました。

 しかしそれらを通過して、今思うことは、

 子どもへの許容範囲は短すぎても、長すぎても・・・ちょっとどうかな~と。

 例えば、短すぎると、常にそれについて来られる子はいいけれど、そうでない時は大きなストレスとなります。また、親子で常に闘う事になってしまうこともあります。それに表面だけ従順になってしまうこともあるかも・・・

 それでは長すぎたらどうでしょうか?

 一見ものわかりの良い親になりますが、エスカレートしてしまうこともあります。

 また長すぎて、人生の節目を通り越してしまうこともあるでしょう。これは一概にはいえませんが。

 でも、子どもは、心のどこかで、SOSを出している時もあるのです。

 引き戻して欲しい、叱って欲しいと心の底で叫んでいる時もあるのです。

 だから、短すぎても、長すぎてもだめ。

 少し様子をみながら、節目のところは合わせる様な努力も必要なのかなと思います。

 口に出して言うほど簡単ではないかもしれませんが、親は子どもと共に生活し、歩んでいく中で自分の子どもの“ちょうどいいあんばい”を見つけていいくのかな~なんてクッキーを食べながら考えました。

 

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男の子ってどうしてこうなの?

2006年08月22日 | 子ども論

 男の子ってどうしてこうなの?

 何年か前にベストセラーになった本です。

 この本によると、男の子の成長には3つの段階があるとのことです。

 最初の段階は誕生から6歳まで。

 この時期父親ももちろん大切であるが、母親が重要な役割を果たすそうです。この時期の目的は、深い愛情と安心感をあたえる事とあります。

 第2段階は6歳から14歳まで。

 子どもが内的な衝動にかられて、男になることを学び始め、興味や活動の範囲を広げるために父親に目を向ける時期(この時期でも、母親が重要であることに変わりはないが、子どもの体験世界は広がっていく)。

 第3段階は14歳から成人にいたるまで。

 一人前の大人になるため、少年が同性の信頼できる年上の相談相手からアドバイスを必要とする時期で父親と母親は1歩後に退き、良い信頼関係を得られるよう、見守り、とりはからってやる必要がある。

 これらは、すべてその通り・・・というよりその傾向があると考えるとよいのではないかと思います。

 ただ要所、要所に必要な人間が変化していくようです。

 親はそのために時間を作ってあげたり、適切な環境を与えてあげることが必要なのでしょう。

 男の子の育て方これでいいの?

 男の子をもつ親御さんのみでなく、男の子を理解する上で、また女の子をもつ親御さんもそのことを通して、女の子を考える視点にもなるのではないかと思います。

 

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