詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

一F

2015-05-30 16:54:54 | 

いわき七浜を

北上していく

 

すぐ先に一Fがある

六号線の両わきには

帰還困難区域の看板が立っている

 

道路わきの家々には

泥棒除けに

木造の簡易な柵がある

 

一Fは

森の奥に隠れているから

六号線からは見えない

 

立ち入り禁止区域だった

六号線の十四キロメートルは

自家用車だけが通行できる

 

その六号線には人が立っている

監視役なのだろう

 

マスクをしているが

高線量区間の十四キロメートル

大丈夫なのか

と 窓を開けて

声をかけそうになった

 

線量計が狂ったように

騒ぎ立てる区間だ

 

そこを抜けると

浪江町へと入っていく

津波で荒々しく裸にされた請戸地区

そこから一Fが見える

 

私たちは

誰もいない

JR浪江駅前で詩の朗読をした

 

家々は崩れたままだ

雨がときおり斜めに横切っていく

 

除染をしているから

マスクはしなくても大丈夫だよ

と 浪江の詩人は言った

 

朗読の後 町役場に寄った

そこを拠点として

帰還できる場所は小さい

 

町並みは

地震の跡をそのまま残している

崩れかけたまま

風や雨水を飲んで家が朽ちていく

 

信号機の点滅は

希望の点滅にはほど遠い

すれ違う車は一台もない

 

これが現実なのだ

どんな言葉を置いても

 

 

*一Fとは東京電力福島原子力発電所のこと


町が小さくなる(校正後)

2015-05-28 06:44:59 | 

北上しているが

南下もしているのだろう

 

避難していて人が戻れない

双葉町に

除染者が入った

大部分が帰還困難区域で

町の九十六パーセントを占めている

 

その中の

避難指示解除準備区域にやっとだ

 

原発の汚染水問題は

まだ 未解決だが

 

除染を進め

何としても古里を取り戻す

 

一年ごとに

町全体が小さくなっていくから

急がなくてはならない

 

町が点になっては

もう戻れなくなる

その前に町の拠点を築かなくては

 

放射線量の数値は

揺れ動いているが

除染すればその効果はある

 

満点とまではいかないが

一回りも二回りも

小さくなった町は

戻れる数値に近くなる筈だ

 

人手による作業だから

夏には数値に汗が絡みつく

絡みついた汗は

地面にポタリと落ちる

 

地面は それを 

無造作に受け止める

 

周りの草木も含めて

そこを少しずつ削り取る

削り取って黒い袋に入れる

この繰り返しだ

 

除染の進捗度は

除染廃棄物を入れた黒い袋の数で

大雑把だが計算できる

 

町が これ以上

小さくなる前に

避難準備指示解除準備区域の放射線は

全部黒い袋に

押し込まなければならない

 

黒い袋が

積み重ねられていく

この数と高さに希望があるとは

何とも皮肉なものだ

 

間に合わせなくてはならないと

町関係者

 

難しい選択が

いっぱい残っているのだが

町が点になることだけは

防がなければ

 

まもなく暑い日がやってくる

秋風が吹くまでに

黒い袋に封じ込めること

目的をそこに置いた

 

除染は 北上してきたが

南下もしている筈だ


孤独死

2015-05-24 06:38:45 | 

 

いや 驚いたね

俺の仮設住宅では孤独死はないと

思っていたんだが

 

日曜日に それも俺の隣の家で

死んでいたとは知らなかったよ

 

救急車やパトカーが来てうるさくなって

やっと気が付いたのだが

 

仮設住宅に住む○○さん

四畳半一間は眠るだけにあるから

夢など見る広さはないよ

と いつも愚痴っていた

 

パチンコも飽きたしゲームも飽きたし

と 言うから

カラオケがいいよ

と アドバイスをした

 

それから週二回は

カラオケ店に行って歌っているらしい

 

何か原因だったの

と 聴くと

心臓に持病があると言っていたな

付き合いが

ほとんどないからね

 

一人身の仮設住宅は四畳半一間

同じ狭さだったようだ

 

お茶を飲みながら

分からないものだなと呟いている

カラオケはお腹から声を出すから

少しすっきりするけどね

 

帰還困難区域だが

まだ先のことが決まらないと言う

 

一時帰宅で戻ると

ネズミの糞がすごくて

猫の大きさぐらいのネズミだから

何でも食い荒らして

 

毎日のように田畑に出ていたのが

四畳半に押し込められて五年目

さすがに気持ちが萎えるよね

病気もちでなくても病気になるよ

 

いや 驚いたね

顔を見れば挨拶はしていたのだが

朝になって死んでいるとは

 

帰還困難区域は

補償がまとまるのが長引くから

体に注意して頑張ってとしか言いなくて

申し訳ないのだが

 

一日を過ごすということは

こんなに難しいものだとは知らなかった

と 言う

 

また金曜日の将棋の日にね

と 言って別れたものの

ずきんと胸に残る言葉だ


再発

2015-05-22 08:00:32 | 

パーマをかけに行ってきますからねと

出かけてすぐ

電話がかかってきた

 

奥さんが倒れています

倒れたとき顔を少し擦りむいたようですが

大丈夫なようです

場所は建設会館のすぐ側です

 

親切な方から電話があったので

その場所に走った

歩道に座り込んでいる

歩いていて右に大きく傾いたようだ

 

何で倒れたのか分からないという

予感が的中したなと思った

この頃 急に太りだし

歩くとよろける

 

送り出す時

大丈夫か 送っていこうか

と 言ったのだが

大丈夫 大丈夫と笑っていたのだが

 

家に戻り傷の手当てをしながら

明日病院に行って診察を受けることにした

石に躓いたのだというのだが

そうではないことを知っていた筈だ

 

四十六歳で脳腫瘍の手術をし

卵大の大きさの脳腫瘍は取り切れず

生活水準を維持することを選択した

放射線治療は人の一生の限界まで行った

 

ドクターはドクター室で五年間と

命の宣言をした

それから十年が過ぎていた

 

心の何処かに油断があったのだろうか

MRI診断室の外で

終わるのを待ちながら考えている

 

名前を呼ばれる

診察の順番が来たのだ

MRIの細切れにされた画像が見える

ドクターは難しい顔をしている

 

再発ですね

それも放射線治療をした箇所に

これは珍しいことです

 

もう放射線治療はできません

前回には人の一生の放射線量の限界まで

治療を行っていますから

 

沈黙が流れ 何とかもう一回放射線治療を

と 頼み込んだ

十回の条件付きで

 

脳の委縮が一段と進むのだろうが

もうこれしかない

 

再発

治療する方法がないものにとって

何と重い言葉なのだろう


黒い猫

2015-05-21 06:42:57 | 

黒い猫

 

病室の中に

黒い猫がいるという

 

大きな猫だから

怖いなー

 

何で病室に

黒い猫がいるのかな

 

おとうさん追い出してよ

今夜もまた

眠れなくなるから

 

うんうん と頷く

大きな棒で

追い出してやるから

 

お母さん

よく見つけたね

 

耳元でそっと囁く

ここの人は

誰も知らないのよ

 

怖がるから

教えていないんだ

 

早く追い出さないと

みんなも怖がるから

 

看護師さんにいってもね

返事だけはするんだけど

大きな猫だから

怖いんだよね

 

面会時間が

終わって帰る時

追い出してやるからね

 

少し乱暴に

強く叩いてやるか

 

泊まって行っても

いいんだよ

ほらベッドこんなに

空いているよ

 

看護師さんに

叱られるから駄目だよ

また明日も

来るからね

 

仕事が終わると

病室に直行する

面会時間いっぱいまで

こんな話をする

 

まもなく話もできなくなる

脳腫瘍は確実に

見えない場所で

進行しているのだ

 

面会終わりの

アナウンスがされる

どれ猫を追い出しながら

帰るからね

 

もう帰るの

何か食べたいものはない

ない と布団で

顔を隠してしまう

 

切ない時間を振り切って

今日も病室を後にする