詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

仮舟

2016-10-26 06:17:04 | 

仮舟

 

 

なれない土地に急いで慣れようとして

なれない気配りをしていないか

 

古里にいた頃の在りのままでいいのだ

在りのままの姿でいればいい

 

隣近所の人と会ったとき

朝の挨拶をして 夕方の挨拶をして

 

それでもう同じ団地の住民なのだ

何十年も住んでいるような顔でいればいい

 

なれない土地で仮舟に乗っている人よ

いつかは下りるときが来る

 

船酔いも三年も過ぎればなれるだろう

この大地は古里に繋がっているのだ

 

遠く離れていても大地に足を下ろすと

そこが古里の大地だと思えばいい

 

仮舟に乗っている人たちよ

そう思うことで少し軽くなるものはないか

 

多くの重荷を背負っているから

一つか二つ身軽になるものがあってもいい

 

遠慮しないで心配しないで心騒がせないで

今日があって明日があって明後日がある

 

仮住まいであってもここが今の仮の古里

仮舟が揺れるときがあってももう酔わない

 

いつもの生活がいつものように戻ってきた

そう思うことで戻る日を待つことができる

 

長い時間が過ぎてまた過ぎていくのだろう

寛容の器は大きくも無く小さくも無く

 

悔しいものがいっぱいあるのだろうが

仮舟は必ず古里のその場所に戻る時がくる

 

戻れない場所があるとすれば中間貯蔵施設

仮舟はそのまわりを回るだけなのだが

 

そこに古里があったという事実を書き記し

仮舟に乗ったまま古里を記憶に閉じ込める

 

複雑なものがいっぱい仮舟には乗っている

後はどの場所で小さな句読点を打つかだ

 

 (詩集 桜蛍より)


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